俺は半年目にして初めて敷地の外に出ることになった。門の外にマサさんの車がある。俺は手渡されたアイマスクをして、目を閉じて結界を越えた。粘り付くような、厚いビニールの膜を押し破るような強い抵抗を感じた。マサさんに習った「技法」に従って、丹田から両手に「気」を集めて熱を持たせ、その手で「膜」を破って俺は結界の外に出た。結界の外に出た瞬間、俺は意識を失った。


気が付いた時、俺は車の中だった。運転しているのは行きに付き添ってくれたキムさん。頭がガンガンする。酷い船酔いをしたときのように目が回って気持ちが悪い。「調息」を試みたが全く効果がない。今にも吐きそうだ。俺はマサさんに渡されたビニール袋に大量に吐いた。吐いた後、暫くすると鼻血が出てきた。「もう少しだから我慢しろ」とマサさんが言う。キムさんがマサさんに「この兄さん、持たないんじゃないか」と言う。マサさんが「一通りのことは出来るから大丈夫だ。手伝ってくれ」と答えた。やがて車は狭い空き地に着いた。車が一台止まっている。行きに乗ってきたキムさんの車だ。若い男が車外でタバコを吸っている。キムさんに指示されていたのだろう、2L入りのミネラルウォーターのペットボトルが2本入ったビニール袋をマサさんに渡した。マサさんはボトルの中身を捨てると神社?の階段を昇って行った。キムさんは、俺を神社の階段の前の石畳の上に寝かせ、頭頂部と胸に手を当てて、半年間毎朝行ってきた瞑想と呼吸法が合わさったものを行うように言った。キムさんの手を通じて頭から冷たい気、胸からは熱い気が入ってきた。やった事がなければ判らないが、両手に冷・熱両方の気を通す事は非常に難しい。俺やPなどは「熱」は作れても「冷」の方は殆ど出来ない。キムさんも俺たちと同様の修行をしたことがあり、恐らくは今でも継続していて高いレベルにあるのだろう。


暫くするとマサさんが水の詰まったペットボトルを持って階段を下りてきた。どうにか落ち着いてきた俺は一本目のペットボトルの水を鼻から飲み込み、限界まで飲み込んだら吐き出すということを3回繰り返した。2本目のボトルの水は、マサさんとキムさんが、俺の全身に吹き付けた。それが終わると俺は階段を昇って神社の境内に入り、「激しい」呼吸・瞑想法を行った。3時間ほど続けると俺は完全に回復した。若い男が用意してあったGパンとTシャツ、パチ物のMA-1のジャンパーを着て車を乗り換えて俺達は出発した。

キムさんの家で丸三日休み、俺とマサさんは女のマンションの部屋に向かった。女はここ暫く出勤していないそうだ。女の在宅はキムさんの方で確認済みだった。マサさんがインターホンを鳴らす。訪問は伝えてあったのだろう、女は俺たちを部屋に招き入れた。女はやつれていたが、かなりの美人だった。ちょっと地味だが清楚で上品な雰囲気。とても風俗で働くタイプには見えない。やつれて憔悴してはいたが、目には強い力が在った。非常に綺麗で澄んだ目をしていて、見ているだけで引き込まれそうな魅力がある。凄まじい霊力を持っていると言われれば納得せざるを得ないものがあった。

しかし、この女からは人を恨むとか呪うといった「邪悪」なものは微塵も感じられなかった。