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瀬戸内海縦断クルーズ

まるで「どこでもドア」を使ったような体験だった。

昨晩は大阪梅田のオフィス街を歩いていたのに、今朝は関門海峡を見ていた。
新幹線に乗ればわすが二時間あまりで移動できるのだから、たいした問題ではないのかもしれないが、この二点は我が家から見ると全く正反対に位置する。
だから広島県に住む私はこのような動きをめったにしない。
しかし、何年に一回はこの「瀬戸内海縦断クルーズ」航路を利用する。
前回はスケジュールの都合で利用したが、今回は単純に交通費の節約の為に利用した。
高速道路や新幹線、また競合航路との争いがあまりに熾烈な為、どの交通機関より運賃が安くなってしまい、関西からは広島や四国へ向かうより安く移動できるようになってしまったのだ。

ちなみに我が家からわずか五キロ沖の場所を、私の乗った船は午前3時頃通過したらしい。
大阪に出張に行って、山口のお客様のところを回って帰るという、全く非効率な動線なのだが、経済効率は良い。

この「瀬戸内海縦断クルーズ」は現在定期航路で5航路あるが、いずれも夜行運航なのでせっかくの瀬戸内海の眺望は楽しめない。
だから、よく「ゆきひめ」で走って欲しいとのオーダーはあるが、「ゆきひめ」は平水区域しか旅客船としての業務ができないので、大阪湾にも関門海峡にも別府湾にもお客様を乗せては行けない。

実際に日本で今「瀬戸内海縦断クルーズ」を貸切船で運航できる船は2万トン以上の客船四隻しかいない。
しかもそのうち一隻は反対に瀬戸内海を夜間航行できない。
悲しい事に日本の海に関する法律はあまりにも厳しく、さらに高速道路との競合でも不利であり、貸切船運航事業はビジネスモデルとして原則成立しない。
なぜならば、貸切船運航会社で黒字経営の会社がほとんど無いからだ。
行政機関も貸切船を利用する事はあっても、産業として育てる気はどうやらさらさら無いらしい…

私の勝手な想いとして、男のロマン(笑)で「瀬戸内海縦断クルーズ」の貸切運航をいつかしてみたいと思っている。

愛媛県松山市「睦月島」

かつては全く読んでもらえなかった「怱那諸島」も「家政婦のミタ」のヒットによって少しずつ読まれるようになった。

怱那諸島のひとつ「睦月島」は珍しく暦が島の名前になっている。
もともとは違う字をあてはめて「むつき」と読んでいたらしいが、江戸時代に島に大火が続いたので、「島の名前が悪い」という事になり、当時島を治めていた大洲藩へ願いでて、現在の漢字になったらしい。

島はかつて「伊予絣」を売って歩く行商が盛んだった島で、その行商で儲けた利益で建てた豪邸が沢山建っている。
それらの家には「長屋門」という倉庫と門を兼ねた造りの特徴の門があり、怱那諸島などのみかんなどで栄えた島には良く見られる。
しかし、今や行商で生計をたてている人はおろか、伊予絣を買う人すら少ない。
睦月島は怱那諸島の中では比較的大きな島なのでみかん畑も沢山あるが、みかんもかつてのようには儲からない。
そして他の怱那諸島の島々と同じように、人口が減り、高齢化が進み、子どもがいない。
学校が無くなり空き家が増え、壊れていく家も多い。
どうしても本瓦ぶきの家から崩れやすく、という事は豪邸ほど朽ちるのも早いという事になる。

島には海から見ても目立つ楠の大木「夫婦楠」があり、見応えがある。
他にも集落内には古い建物がそのまま残されていたりして、建物好きにはたまらない魅力がある。

問題は島からの情報発信を誰がどうやってするかだろう。
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