物心ついた時からずっと、父親と話した記憶が無い。
いつも恐い顔や“けわしい”顔をしていて私が話しかけてもまるっきり反応してくれない、まるで私が居ないかのような感じだ。

周りの大人達の話を聞くと、父はとても有名な武術家らしい。
そして、父は男の子どもが欲しかった、と。

なるほど、私が父の目に入って無いのもわかった。しかしわかったところでやはり私の淋しい気持ちは変わらなかった。
母はいつも優しくしてくれるし、二人で“市”に行っては艶やかな着物や髪飾りを買ったりしていた。
それは楽しかったし女として生まれた者としてこの歳からこのような楽しみを味わえるのは幸せ以上の幸せだ。

だけどやはり私には足りなかった。
父からの愛情が無いことがどうしても引っかかってしまう。

「どうして父上は私を無視するの?」と聞いた時、母はただ一言「ごめんね」と小さくこぼし私をぎゅっと抱きしめてくれた。
癇癪を起こした時も、なんで女の子に生んだんだと責めた時もやはり母は、ごめんね、としか言わず私を強く優しく抱きしめ泣き止むまでずっとそうしてくれた。
泣き喚いてる間も時折、「ごめんね、ごめんね美鈴」と呟いていたのを覚えてる。





満月が少し欠けた十六夜、辺りはそれでもなお明るい。
扉を開け門までの石畳の途中、母が居た。

何かを決意したようなはたまた何かを諦めたような、それは初めてみる表情で、母は月を見ていた。


私は母の横を通り過ぎようとした。
突然、私の腕が掴まれる…事もなく門を出る。





門の中から、「ごめんなさい」と声が聴こえた気がした。