あぁ、光栄だ。
ユキが一口飲んだ。
別に何も起こらなかった。ただ、、ユキの顔が先程より若干紅くなった。
それほど屈辱的に辱しめられたと云うことか。
まぁ、それも仕方ないな。もし実際に毒を入れてればユキが死んでたことになってたからな。
「じゃ、じゃあ、もう行くねッ。は、早く飲んでよね!それ‥‥‥」
ユキは背を向け去って行った。今度はちゃんと周りにも警戒しながらユキを目で追ってった。
奥に入ったのを確認して珈琲に目を移す。
カップの淵にユキの唇の跡がピンクで残っている。結構小さい。
一応珈琲自体には毒は無いだろう、が、念のため同じ箇所で飲むことに。しかし、小さい。ポイントがズレれば毒の塗ってある(かもしれない)箇所に唇が触れそうだ。
珈琲は美味しく頂いた。珈琲はちゃんと、闇の様に暗く、泥の様に苦かった。時間が経ったせいか地獄の様には熱くなかった。
さて、そろそろ例のアノ時間が迫ってきた。帰るとしよう。
勿論、周りに警戒しながら、だ。
扉の前までくるとレジにユキが居た。
「もぅ帰るの?」
ユキの声は寂しそうだった。私を仕留められず残念なのだろう。
昨日の敵は今日の友、という言葉が大好きな殊勝な私はユキに以下の様な言葉をかけた。
あぁ、でも楽しかった。人と話してこんなに緊張したのは久しぶりだからね。
自己最高の笑顔で言った。
ユキはうつ向き顔を真っ赤にしもじもじし始めた。余りにも無防備だ。
よほど嬉しかったのだろ、私の様な幾多の闘い抜いた自分より強き者に誉められたのが。
からかいついでに、マスターと仲良いですね、とも言っておいた。あのフォローには私も驚かされたからな。
「ち、違うよ!そんなんじゃないって!仕事教えてくれるからそりゃ甘えちゃうけど、そーゆーのじゃないからね!
‥‥‥‥‥‥‥もぅ」
何故必死に否定するのだろうか。私の誉め方がダメなのか、それともあれより更に素晴らしい連携があるのか。やはり、世の中は広いッ!
こんな場所でも一応メイド喫茶なので珈琲代をユキに渡す。返ってきたのはつり銭とレシートと、
「あの、それ、アタシのケー番とメルアド‥‥‥い、要らないなら捨てちゃっていいよ!メーワクだよね。あ、アハハ、ハ‥‥‥」なんとこのユキちゃん、メモ帳の切れはしをわたしてきたのだ。いきなりの宣戦布告。
驚いた私に隙が出来てしまった。不覚。
もしや、無防備になったのはこのためかッ!
今晩にでも電話しよう、楽しみにしてるよ。
それを聞いたユキちゃんは満面の笑みを浮かべ喜んだ。小さなガッツポーズまでとっている。
やれやれ、私も酔狂が過ぎるな。いずれ敵に成るであろうユキちゃんにスパイすることを赦すとは。
しかし、
それでこそ我が人生。
ユキちゃんは手を振って見送ってくれた。いつ袖から刃物が飛んでくるか正直怖かった。