【ふるねじ】@中篇


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 先を掛ける子供の足は思いのほかに速く、スタートが遅れた俺達はすぐさまその姿を見失った。家に置いてきたダイヤとクリスが心配するだろう。早く彼女を見つけて無事を知らせなければいけない。
 そう気持ちばかりが急くが、あの小さな背中は人々が行きかう街中では見つけられるはずもないのではないのかと思ってしまう。

『今日の? あぁ、この方ですか……えーっと何々……? 生物学での大きな進歩、ですか……やっぱり頭の良い方ってのは……』
「そんなんどうだって良い!! その男の住所だよ住所!!」
『は、はい!!』

 携帯電話に怒鳴りつけ、俺は後輩を叱咤しながらも脳内では自分を責めていた。
 無理をすれば心が軋むことなんてわかりきっていた事じゃないか。何故無理強いをしようとしていた。何故話を聞かなかった。触れ合う事を恐れてばかりだから、こうなるのだ。

『解りました先輩! 男の名前はスノウ=ボーガン。家は……あぁ、郊外見たいですね。でも結構大きなお屋敷みたいで……』

 後輩のたどたどしい声音が住所を告げる。俺が確認するように再度口にするのをジルが聞いていた。

『でも先輩? 一体何だってこの……』
「悪い、急いでいるから後で全部話す」
『え!? ちょ、ちょっとまっ』

 ブツッ。電話のボタンを押してそのまま携帯をポケットに押し込んだ。

「場所解るか?」
「そんな遠くない。一時間かからないんじゃないか?」
「走る」
「うぇ、お前が!?」
「状況が状況だろう」

 普段から何だかんだと面倒くさがっていた俺だが今回ばかりはそうも言ってられないだろう。むしろタクシー捕まえるべきかとも思ったが、生憎と平日のこの時間、タクシーなんぞ期待できない。足を向けると待っていたスーロンとダルクが後を追ってきた。

『解ったの?』
「あぁ。郊外だそうだ。ちょっと歩く……走るぞ」
『……へぇ』
「なんだ」
『いいえ。貴方もそんな風に必死になるのね』

 ダルクの言葉に俺は歩みを緩めずに振り返る。彼女は笑っていた。

「男の名前はスノウ=ボーガン。生物学でかなりの貢献をしている男だ」
「ボーガン!?」
「知ってるのか? スーロン」
「知ってるも何も、すげー名家じゃん!! 今のご時世、ボーガンの家に関わらない家はないって程網張り巡らしてる家だ。今の財界にも政界にもボーガンの家の人ってかなり関わってるはずだけど……多く、有能な人材を輩出してるって言う」
「……ほぉ……」

 言うがそんな事なんぞ殆ど耳に入ってこない。
 重要なのは、あの娘がその男の元へ本当に向かったのか、否か。そう言う事だ。
 街並みが揺れ動く。足を止めずに会話をしているにも関わらず、瞳も思考も冴えていた。

「なぁ、スノウ=ボーガンって言ったよな?」
「あぁ」

 ジルが神妙な面持ちで口を開く。こいつは息の乱れなど見せないだろう。この健康オタクがと言いたくなるが、こういうときに体力の心配が無いというのは良いのかもしれない。こいつを少しは見習おう、そう思った。

「……確かに、ボーガンの家には一人娘が居るって話、俺聞いた」
「本当か?」
「……あぁ、でも、あの子がその娘ってのは可笑しい話だ」
「はぁ? 何で」

 俺の問いかけに、ジルが緩やかに足を止める。逸る気持ちはあったが、俺も足を止めた。スーロンも、ダルクもだ。

「――亡くなってるんだ、その娘さん。二ヶ月くらい前に」
「っ!?」

 厚過ぎるメガネの奥の瞳は余りにも真剣だった。大体、こんな状況下でジルが冗談なんて言うわけが無い。

「……体が壊死していく奇病だって聞いた。病気にかかってたのが子供だってのと、奇病って事から新聞何かで眼を引いたんだ。思い出したよ、間違い無い。……聞いたことある名前だと思ったんだ」

 死んでいる? 娘が?

「――娘の名前はソフィー=ボーガン。一人っ子だったはずだ」

 あの男の娘が、二ヶ月も前に死んでいる?
 じゃあ、あの娘は?

「……じゃあ、あいつは一体、何者なんだ……?」

 蜂蜜色の髪に黒曜石の瞳を持った、片目のあの娘は。
 俺が廃ビルで見つけた、あの娘は。
 じゃあ一体、本当に、何者なんだ?



 続








ボーガンの家って言うのは実はこのスケープゴートともう一つ、同時期に構想を練っていたお話に出そうと思って造った家柄でした。
政府に関連付けたマーレさんもボーガンの家。
深く絡め安い家柄です。
しかしボーガンの家の人みんな可哀相な設定になっちゃったな…