【ふるねじ】@中篇
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たどり着いたお屋敷は高い鉄の柵に囲まれた、広い庭がある家だった。
あの日、私が逃げ出した家。
人の出入など殆ど無い、無人と思われても可笑しくなんて無いお屋敷に、私は住んでいた。私は確かに、此処で生きていたんだ。
高鳴る鼓動と素足で痛む足。街中を駆けている時に何人かの大人が驚いた風に私を見ていたが、私は足を止めずに此処まで来た。苦しくて辛くて悲しさが甦る。
私は、本当は逃げ出してはいけなかったんだ。
鍵は壊れていた。押せば簡単に門は開く。
私は、一度大きく息を吸い込んでから解けかけていた包帯を巻きなおした。片目が見えなくたって、行かなくてはならない。それは歩みを止める理由にはならないからだ。
私は門を潜り、お屋敷へと向かった。
「――あぁ、お帰り」
優しい声音は、私がお屋敷へ入って直ぐに響いてきた。
広いホールの真ん中には二階へと上がる階段がある。昼間だというのに薄暗いホール内、明り取りの窓から差し込む光が階段の踊り場を照らしている。踊り場に掲げられている肖像画は金色の髪に青い瞳の女の子。
そう、それはソフィーの肖像画。
「やっと帰ってきてくれたんだね。嬉しいよ」
かつ、かつと優雅な足音が聞こえる。広いホールの隅の方は暗がりでよく解らないが、どうやら雑多に荷物が積まれているようだ。外観にそぐわず、中は凄惨としていて、渾沌としていた。
「ねぇ、」
階段は踊り場から二股に分かれていた。その一方から、明りの中に姿を現したのは一人の男。銀色の髪を真ん中で分けた、細顎の男性だった。
彼はにこりと優雅にそれでいて美しく柔らかく微笑んだ。
「他のものではね、やっぱりダメだったんだ。彼女の【こころ】を知らないから。だから彼女を良く知っていて、良く似ているもので代用してはどうかって、僕は考えた」
階段を一段、また一段と彼は降りてくる。瞳は優しく柔らかくただ笑っている。口元にもうっすらと笑みを浮かべていた。
暗がりの中で、何かが動く音がする。
がさがさ、ごそごそ。動く音が、右からも、左からも。
「ああ、僕の可愛い身代わり羊【スケープゴート】。だからその身体をおくれ」
悩ましげに、羨ましげに、彼はそれこそ快楽にでも浸るような表情を見せてその胸に手を当てて明り取りの窓を仰いだ。瞳を細めて、そして私を見て、哂う。
「僕の可愛い、娘の為に」
途端、暗がりから何かが数体、躍り出てきた。
白い裸体を晒した、幼い型をしたロボットだ!! そう私が認識する頃にはそのロボットは凄い速さで私に四つんばいで這い寄ってきていて、耳元まで割けた口をぱっかりと開けてギザギザの歯をむき出しにしていた。
「ありがとう。――」
呟きが掻き消える。それもそのはず。
キィインと、金属が響きあう音がしたからだ。
思わず尻餅をついていた私の目の前には、長く靡く銀緑の髪。細い刀剣でロボットの歯を迎え撃った、ダルクさんの姿があった。
「……誰だい? 君は……」
不機嫌にも聞こえる彼の声。ダルクさんは僅かに私を振り返り、小さく――本当に小さく口元で微笑んだ。
「伏せてろ!!」
声。直後の、小さな爆発音。
ガウン、と言う音の後に更に続いて破裂する音が響いて、ダルクさんが刀で押しとどめていたロボットの頭部が爆ぜた。私は思わず瞳を閉じるが、すぐさま開いて後方を見やる。
『危ないじゃない!』
「言ってる場合か!!」
そう声を荒げたダルクさんに対し、拳銃を構えていたルガーはガウン、ガウンと続けて弾を穿ち、幾つかのロボットを牽制する。
『大丈夫?』
そうダルクさんが私の手を取って立たせた。私は状況が良く解らなくなってきている。
「うええ何これ……悪趣味ぃい……」
「いやいや、言ってる場合じゃないっぽいんですけども……」
ジルと、スーロンさんの声。ジルは肩を竦ませてそんな事を良い、スーロンさんは苦笑いを浮かべながら掌サイズのナイフを構える。
四つんばいのロボットがかさかさと素早い動きで二人に近付いていく。それに加えて、更に暗がりからがさがさと音がする。
まだ居るんだ!
ガウン、と火を噴く音が耳につく。ルガーが撃った事で動きが鈍ったロボットに、ジルが体当たりをしてそのまま柱に激突させた。
『スーロン!!』
私を抱き上げようとしていたダルクさんが焦ったような声を上げる。
見れば、白いとはいえ少しばかり薄汚れた裸体のロボットがスーロンさんの足を掴んで押し倒していた。
『こ、コンニチワ! コンニチワ!!』
「!? な、何こいつ……!!」
物凄い力なんだろう、掴まれた肩を気にしながらスーロンさんが顔を歪める。ロボットは可愛らしい声で陽気にそんな言葉を繰り返した。
『お名前、ヨロシイ? 私、ガガガガッ!! ガガガッ!!』
引き千切れるような音に思わず耳を覆いたくなる。
スーロンさんはロボットの胴体を蹴り上げて、そのまま身体を捻って手にしていたナイフをロボットの頭部に突き刺しながら床にたたき付けた。
金色の髪が綺麗に舞う。
(――金色)
『スーロン! 大丈夫!?』
「げほっげほっ……いってぇえ〜……」
金色の髪の毛。そうだ。この湧き出てくるロボット達、殆どが金色の髪をしている。体つきも幼いって思ってたけど、まだまだ成長途中の女の子の身体だ。
『ネェネェ、私と遊んで下さラナい?』
「……ごめんだな」
ルガーの銃が火を噴く。何体倒しても倒しても、ロボットは湧き出てくるようだ。
ころころと足元を転がってきたものが私と眼があった。
「あおい、ひとみ……!! ねえ、これ!!」
思わずダルクさんの服を引っ張る。転がってきた眼。これはまさか!
『何……まさか、本物の!?』
そう、転がってきたのは本物の人間の瞳だった。
真実に気付いて、私は思わず身震いする。背筋を冷たいものが駆け上がる。
何で、何で何で何で!? 何で人間の目玉が、ロボットから出てくるの!?
「――あぁ、それ、失敗作なんだ」
状況に似合わない柔らかい声がそう告げた。憂いを含んだように瞳が細められて、溜息を吐き出す。
「背格好を似た子で試してみたんだけど、やっぱりダメだね。ソフィーには似ても似つかない出来上がり。全部失敗だった」
手すりに身体を僅かに預けて、銀色の男は溜息を吐き出した後に、けれど嬉しそうに私を見て微笑んだ。
「でもきっと今度は失敗しない。だって君はソフィーの唯一無二の友達なんだから」
「!!」
「ソフィーに良く似た顔立ち、髪質、細胞の質も似ていたっけね。唯一瞳の色が違うけど、それは代用を考えてある。だから大丈夫。次は失敗しないよ」
――狂っている。
「大丈夫、君はきっとソフィーになれる。君を使えば、きっとソフィーは帰ってくる」
あの男は、当に狂っているんだ。
がしゃん、と激しい音がする。ロボットを蹴り倒したジルが汗を拭いながら声を上げた。
「じゃあ何か!? 最近の幼女連続誘拐事件ってのは……」
「あぁ……別に良いだろう。だってあれも、それも、ソフィーじゃない」
「なっ……自分の娘の為なら他の子はどうなっても良いってのか!?」
「あぁ、良いね。だって僕には家族しか要らない。僕には家族が総てだから」
寒気がする。ぞわぞわと悪寒が背筋を這い登る。
こんな人では無かった。こんな、こんな人ではなかった!
「そんな事をしたってソフィーは帰ってこない!! ソフィーはもう死んだのっ! 帰ってなんかこないんだよ!!」
「……帰ってくるよ」
私の言葉に銀髪の男はそう呟き、綺麗に笑って階段を降り終えた。ホールの脇から一体のロボットが大きな鉈を引きずって男に近寄る。
『オ父様、頑張っテ!』
そう半分壊れた顔でにこりと笑う。やっぱり、金色の綺麗な髪をしていた。
銀髪の男はロボットからその鉈を受け取り、片手で持ち上げて、大きくぶん、と振るった。
『オとうさガガッ!!』
「君は違うだろう。お父様なんて呼んで欲しくないね」
鉈を持ってきたロボットは右肩から左の脇腹にかけて真っ二つに折れて、そのまま動かなくなった。
男は、やはり溜息を一つ。
私は、唇を震わせる。きっと顔も蒼かったに違いない。銀髪の男はそれに気付いたんだろう、柔らかい笑顔を浮かべて、優しい声で告げた。
「安心して。壊すのは四人だけで、お前の身体は綺麗にしておかないといけないからね」
ダルクさんが私を背に隠すようにして刀を構えた。
『少し……離れていて』
緊張を含んだ声に私は後ずさる。
戦うの? 誰が? 二人が??
「邪魔をしないでくれるかい?」
『……そう言う訳にもいかないのよ。普通に考えて、見過ごせないでしょう?』
ガンッ、と鉈が床につかれた。ジルも、ルガーも、スーロンさんも、それぞれ私にロボットを近づけないようにと必死だ。
……私のせいだ。
私が、私が皆を巻き込んでしまった。私が逃げ出したりしたから、総てを見捨ててきたから、こんなことになったんだ。あの時、何が何でもあの人を救ってあげればよかった。あの時、総てをソフィーにあげてしまえば良かった。
『ハァッ!!』
「っ!!」
鈍い金属音が弾ける。ダルクさんの細い刀剣と男の大きい鉈が何度もぶつかりあう。右へ左へ、上へ下へ。鉈の動きは勿論鈍いけれど、一回が当たれば大きなダメージになってしまう。
「うがぁっ……」
「ジル!!」
呻く声とルガーの呼びかけに視線を向ければ、柱に押し付けられてジルがロボットに首を締められていた。
『遊んで! 遊ンデ下さイ!! ネェネェ!!』
「こ、このっ……」
余りにも無邪気に、余りにも陽気に、幼いロボット達はそう言って笑う。
ソフィー、貴方はこんな事を望んでいたの?
「大丈夫かジル!! っ、しまっ……!!」
ぶつかる音の後、からからと何かが足元に飛んできて、私の足にぶつかって止まった。ルガーの手から弾き出された拳銃だった。ジルに気をやっていて、隙をつかれて叩き落とされたんだろう。
――ソフィー、貴方は、こんな事を望んでいたの? 本当に?
私が放心している合間にも、ダルクさんは突きを放つし男はそれを交わして、鉈で受け止める。ジルはロボットに蹴りを繰り出して何とか難を逃れたし、逆にルガーはロボットに腕を掴まれて身動きが取れなくて、スーロンさんはロボット達の動きから逃げて、最小限で物事を済ませている。
「……ソフィー……」
私は、足元の拳銃を手に取った。ずっしりと重くて、私の手には余りすぎる。
「!! それこっちに寄越せ!!」
ルガーが私に向かってそう叫ぶ。
「……何が、身代わりよ……」
「……? お、おいっ!!」
ロボットの腕を掴み返し何とかぎりぎりの体制を保っていたルガーは、私の呟きを拾ったらしい。
「何が、ロボットよ!!」
私は叫ぶ。
他の誰でもない。誰でもない誰かに、叫ぶ。
そうだ。何が身代わりだ、何がロボットだ、何が生贄だ!!
私は、私なんだ!
拳銃を構える。銃口の先には驚いた表情の男が居た。
「貴方だって、スノウのレプリカの癖に!」
男の瞳が、大きくなる。
私はトリガーに指を当てた。
意味が解らない熱情が、理由など要らない感情が、私の瞳から零れ落ちる。
「ただの、ロボットでしかないくせに!!」
引き金を、引き絞る。
放たれた火の弾。反動に私の腕は痺れて体がよろける。
放った弾は男の脳天を穿つ。
――其処は、彼の【こころ】が深く埋った場所だった。
続