【ふるねじ】連載@閑話休題


※何処でもない場所で分かち合った、二人のお話。











 白くて明るい場所には桜の吹雪が何時も舞っている。彼女が造り上げたこの何処でもない場所はとても優しくて暖かで、世界からは隔絶された場所だった。

「貴方とも、不思議な付き合いだったわね」
「そうかもね」

 大きな桜の木の根元。白いベッドに腰掛けながら彼女はぽつりと呟いた。

「長いようで、短かったわ」
「……割と、楽しかったと思うよ」
「ふふ、私もよ」

 穏やかに笑って瞳を伏せる。綺麗な黒い髪をかきあげて、青い瞳で僕を見た。

「伝えては来たの?」
「アイツは気付くよ。言葉にしなくても解るんだ。そう言う子だから」
「でも、言葉にした方が安心することもあるわ。たとえ深く分かり合った同士だって、言葉にしなければ不安は募るもの」
「……自分の事じゃないかい?」
「……えぇ、そうね」

 彼女は自分の手を見下ろした。細くて小さな白い手を握り締める。

「……いくのかい?」
「……えぇ、多分。あの子に全部あげてしまったから、もう、残ってないの……貴方はまだ残るの?」
「そうだな……もう少し……」
「そう……また何処かで、逢えると良いわね」
「……そうだね」

 そう返すと、彼女はにこりと笑って見せた。

「じゃあ、またね」
「……」
「またね、優(ヨウ)」
「……あぁ、何時か、また。妃真」

 驚いていた僕に妃真はそう言い聞かせるようにもう一度言った。僕は同じ言葉を彼女に返す。その言葉を聞き届けると、彼女は淡く微笑みながら桜吹雪になって消え去ってしまった。
 ――自分の青み掛かった銀色の髪がとても好きだった。高露の血を引くのだという事を誇示しているようで、顔も知らなかった父親と唯一繋がっているようで、とても好きだった。
 初めて父親の顔を見たのは高露の家へ入ることが決まった時。母親に紹介された男の人が僕の父親なのだと嬉しく思った。この人に気に入られようと、この人の力になろうと、心の其処から思うことが出来た。
 急に出来た弟は風変わりでは会ったけれど優しくて、嫌いではなかった。都会に別邸を作ると決まった時、一人で本邸に残るといった弟の顔と瞳を、僕はずっと忘れないだろう。
 優しい弟は僕に何もかもを譲ってくれた。そう気付けたのは祖父の研究を受け継いだ後の事。祖父の研究のファイルを、本邸へ取りに行った時だ。
 あの子はとても優しい子だ。僕が父に気に入られようとしていたことにきっといち早く気付いていた。認めてもらおうと勉強を頑張ったこと、祖父の研究を受け継ぐといったこと、全部きっと解っていたんだろう。
 僕たちがもう少し大人になった頃、ちゃんと話をしようと思っていた。ちゃんと話をして、ありがとうと言いたかったんだ。
 風変わりではあったし、僕に懐いているという風ではなかったけれど、きっと彼は――崇崙は、僕の心を誰よりも理解してくれていた。
 あの子は、とても優しい子だ。とても優しい子だから、きっとこれから来る未来に傷つくことがあるだろう。

「……崇崙」

 舞い落ちる花びらが数を減らしてく。彼女が居なくなったことでこの場所も維持出来なくなったのかも知れない。暫くは彼らの側に居ることになりそうだな。思うがそう悪い気はしなかった。不思議な縁がある。その後の事を、何時か出会えたら彼女に教えてあげようと、僕は密かに笑った。


 了