2019-9-12 13:13
芋虫先生から潮とキツネさんのご先祖様のクロスオーバーの小説…もろた…………………………………………
ヒエ………
ありがとうございます………すごい美………
苦しい〜〜!!!!グエエ………
こんな綺麗に書いてもらうて………
追記にしまいました。
まだ夜の明ける前、空が白んできた頃合い。男は布団の中でふと目を覚ました。そしてその瞬間、どうやら再び眠るのは困難らしいことを知った。
すっかり覚めてしまった目を軽くこすり、男は部屋を出た。まだ誰も起きていない時間だ。散歩にでも行こう。縁側で草履を履き、邸の外へ向かうことにした。ざりざりと男の足音だけが辺りへ消えていく。
見慣れた藪の中を過ぎると、男にとっては不思議なことに、目の前には海原が広がっていた。それを認識すると同時に、潮風の匂いが鼻へと入ってくる。土と草の匂いは砂と海の匂いに変わった。穏やかな海原だった。日の昇らない空と同じように、曖昧な色合いでなだらかな波が立っている。
(おかしな事もある)
海から遠くの村に住む男は、物珍しさに海へと歩み寄った。土を踏んでいた草履の音が変わる。潮騒の音に耳を傾けながら砂浜を歩いた。見れば、今は陸に置かれている舟が幾つも置いてあった。漁師の舟だろう。今は漁へ行っていないのだろうか。
浜の先を見やると、暗がりの中に人影が見えた。少しずつ歩を進めるごとに、その人影ははっきりとしてくる。あと二間ほどの距離になると、向こうも男に気付いたようで、ゆっくりと顔をこちらへ向ける。こちらを向いたのは、どうやら十五、六くらいの青年だった。
「誰?」
青年は大きな黒い目をしっかりと開いて男に言った。物怖じしない、警戒心のない目つきに男は不思議な印象を持った。
「わしは****。散歩に出たらここへ着いてしもうた」
「おれ、潮。ここ、“うち”のシマに近いから、あんまり近寄らないほうがいいぜ」
そう言うと、青年は砂浜の向こうを指さした。まだ辺りは暗がりで見難いが、砦のようなものを篝火が囲んでいるのが見える。どうやら、海を治める者達の領域だったらしい。初めて見る光景に、男はほぉ、と感心したような息を漏らした。
「そうじゃったか。ここに居ると捕まってしまうかのう」
「あっちに入るとそうだけど、このへんなら平気だよ。おれも、今見張りしてる訳じゃないし」
青年は人懐っこい笑顔を見せてそう返した。口ぶりから、青年が海を治める一端を担っていることは分かっていた。ただ少なくともこの青年を前にして、男はあまり危機感を覚えなかった。それは青年から敵意を感じなかったためか、気軽に人の懐へも入り込めそうな、青年の不思議な空気のためか――男には区別がつかなかった。
ふと目線を下ろすと、男は青年の懐が光るのを見た。それが何なのか意識を寄せると、青年の懐に短刀が差してあることに気付く。
「それがお前の愛刀か」
男は思わず口に出す。美しい鞘だった。漆によるものか、全体を烏色に拵えてある。男が漏らした言葉に、青年は懐へ目線を下ろすと、その刀を懐から取り出した。
「うん。使ったことないけど」
青年が取り出したその短刀。恐らく守り刀である事は、その美しい拵えから良くわかった。侍う者の持つ実戦向けの物ではない、高貴な者の持つ物だ。蒔絵だろうか、螺鈿だろうか、この距離からはそこまでの判断がつかないが、青海波が施されているのは見える。六尺法被姿の青年が持つには余りに不釣り合いで、何か事情もあるのだろうと、男は深く問うのはやめた。
(海を治める潮か)
青年の持つ青海波の守り刀と合わせ、何とも海に縁ある青年じゃ。この世の全ては意味あっての事。きっとこの青年は、海と共にある存在なんじゃろうて。
「良い刀じゃな」
男がそう言うと、刀を懐へしまっていた青年はぱっと顔を上げた。そしてややあって、彼は海原へと顔を向ける。青年の瞳を光が照らした。――夜が明けたのだ。
「うん」
青年は僅かに微笑んで、目を少しばかり細めて肯定した。目を細めたのは陽光に眩んだのか、言葉に和らげたのか。それはどちらでも良い事だった。男はそのまま踵を返す。青年も見送りはしなかった。
男は太陽に追われるように、これまでの道を戻っていく。気が付けば、邸の傍の藪の中で、遠くから自分を呼ぶ、使用人の大きな声が聞こえてくるのだった。
おわり