2013-3-31 22:11
鬼ごっこ。拾壱
叶わない夢を願うなら。
覚めない夢を見ようか。
誰も、何も言わない。
言えないのだろう。
仕方のないことだ。
早々簡単に答えの出せる問題じゃない。
逆説的に言えば、私はいとも簡単に答えを出せる。
逃げているだけなんだ。
「話はこれでおしまい。私は帰るよ」
これ以上、この空気に耐えられなくて、私はベンチから腰をあげる。
議論がしたいわけでもないのだ。
寧ろ、赤司と黒子との出会いを含めた、私が他人と関わりたがらない理由をつらつらと語っただけなのだし。
言えないことも、言いたくないことも、全部が全部私と言う存在が上書きされなければ生まれなかっただろうに。
私は、最後まで、苦い笑みを浮かべたまま、一度も振り返ることもなく、明日へと足早に逃げ出したんだ。
そんな、私に失望して、アイツ等が私から離れてしまえばいいとさえ、思っていたんだ。
胸の奥の、疼く痛みには気づかない振りをして。
翌朝、鏡の前で私は呻いていた。
腫れた両目はまともに開かない。
身体のダルさはピークに達していて、もはや体調不良もここまで来れば、笑いたくなるくらいだ。
原因は分かりきっているから、溜め息しかでない。
まさか、未だにこんなに痛むなんて、思ってもいなかった。
もっと、強くなったつもりで居たんだ。
中身は、だって、20云年生きた記憶すら持っているのに。
辛いことも、苦しいこともそれなりに経験してるのに。
まるで、役に立ちゃしない。
はあ、ともう一つ大きな溜め息を吐き出して、机の上に放ってあった携帯を手に取る。
連絡は早いうちに入れてしまった方が気が楽だ。
今日は1日、ゆっくりと休んで、体調を整えなくちゃ。
丁度良い、気持ちの整理もつけてしまおう。
そして、次会う時には、ちゃんと仮面が剥がれないようにしよう。
奇しくも、今日は金曜日だ。
なら、後、二日は猶予がある。
ボーッとする頭でつらつらと考えながら、携帯のコール音を聞く。
ちょうど、7コール目で学校と繋がった。
疑いようのないしゃがれた声で現状を伝えれば、電話応対してくれた教師からも、お大事にと心配そうな声を掛けて貰って、スミマセンと、私は電話を切った。
ポンと携帯をベッドへと放り投げて、私もベッドへとダイブする。
薬を飲まなきゃ、なんて、理性が言い出す。
けれど、一度横にした身体はいとも簡単にそんな正論を撒き散らす理性を超越して、私の意識は一気に沈んでいく。
それは、まさしく、現実からの逃避だったのだろう。
あふ、欠伸を一つ。
さて、何時だろう、と枕元に放置していた携帯の表示を見る。
瞬間、私の目は見開かれる。
なんだこれ、それは私の本心。
理解不能な桁の着信を知らせるマーカー。
登録されていないせいで、着信履歴を開いても、同じ携帯番号が羅列されているだけ。
この携帯の番号を知っているのは、せいぜい、片手で足りるほどの人数しかいない。
その人達は皆、登録してある。
なら、これは、一体誰からだ。
訝しげに携帯をいじっていた。
まさかまた、その番号から見計らった様に電話が来るなんて、誰が予想する?
私の手の中で震える携帯は確かに着信を伝えている。
何の、気紛れだったんだろう。
何時もなら、出ない。
なのに、その時の私はあっさりとその電話を取ったんだ。
「はい」
――ああ、やっと出たね
落ち着き払った声は、聞き覚えのあるもので。
この番号が一体誰のものであるかを、知った。
「あ、かし…?」
ぽかん。
たっぷり数秒はフリーズした。
くらくらする頭で、何とか絞り出せたのは、彼の名前だけ。
その、常じゃ見られない私の間抜けな応対に、電話越しに笑いを堪えるのが伝わってくる。
――へぇ、君でも焦るんだね
おい、私を何だと思ってるんだ。
まぁ、年相応に見えないのは重々承知してるんだけど。
「教えてない奴から急にストーカーもビビるくらいの着信が入れば、流石に焦るよ」
放心から立ち直って、理性は冷静さを取り戻したらしい。
何とか、動揺し続けてる内心を覆い隠して、会話は、出来る。
それでも、ダルさを増していく身体は、私の理性を段々と、侵食し始めて。
ああ、どうやら、本格的に熱が出始めた。
泣きっ面に蜂とは、まさに。
――何故、来なかった?
率直すぎて笑いもするよ。
回りくどい言い方の彼を想像できないから、これはこれで在るべき姿かもしれないけど。
「…体調が悪いから」
あ、そう言えば声は治ってる。
まあ、声は泣き喚いたせいだから、寝ればそりゃ治る。
ただ、この発熱は箍が外れて、感情が溢れて、途切れて、不意を突いて表に出てきたストレスだから、まあ、しっかり休めてやらないと身体はボイコットを続けるんだろう。
――それだけか?
探るようでいて、これは確信を持っているときの言い方だろ。
なんて、頭の片隅で溜め息をつきながら、間髪入れずに答える。
間が空けば、攻め込まれる。
「熱が下がらないから、大事をとっただけ」
何の事は無い、と言っても、多分この男は引き下がってなんてくれやしない。
何時もなら逃げる為の良い訳でも考えてみるのだけど、働かない頭は役に立つわけ無い。
もう、後は電話を切るしかない。
それこそ、週明けに何を言われるか、考えただけでも辛いけど、背に腹は変えられない。
――…そう、じゃあ丁度良い。開けろ
「は?」
間抜けな声のすぐ後で、間抜けな音が来客を告げた。
「嘘、でしょ?!」
扉一枚隔てて、其処に居るらしい男が、心底魔王に思えた瞬間かも、知れない。
覚めない夢は無いから、
人は夢を見られるんだってこと。
(ほら、次はどう逃げるんだい?)
To be continued?