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鬼ごっこ・参


馬鹿馬鹿しい、くだらない。
どうでもいいから、どうとでも言え。





昼休み。案の定、私は呼び出しを食らったわけだが。
正直、どうでもいいし、こんなお子様に負ける気もしないわけですよ。
本当に、今日は一体何度溜息を吐いたらいいんだろうね?

「あんたさぁ、転校生だからって色目使いすぎなのよ!!」

一体、何時、私が、お前らが大好きなあいつ等に色目を使ったっていうんだろうね?
言わせてほしい。私はこうなることが面倒くさくて、嫌で、極力、最大限の努力をして、わざわざ、避けまくってたんだぞ、と。
一限目から怒涛の攻勢に転じてきた赤いやつからも、体育が同じだった黄色いやつからも。
移動教室の先の実験で一緒だった緑色からも。
好きあらば再びお菓子をもらおうとしてくる紫色からも。果ては気づいたら横に何食わぬ顔で居やがる薄水色のやつからもだ。
この昼休みであんたらが呼び出してくれたおかげで唯一助かったって点は、皮肉もその色とりどりの奴等から離れられたってことだ。
ああ、あほらしい。
独りになりたい。屋上にでも行ってさ、ぼんやり空でも眺めながら、寝たい。
なんて、現実から目を逸らしてたせいで、火に油を注ぐ事になるなんて、ね。

「ちょっと!?聞いてんの!?」
「……え、あー、うん」

うっかりした、生返事。瞬間、無意識に私の利き手は動いていて、目の前の私からすれば華奢な女子の腕を捻りあげていた。
驚きに見開かれた目。唖然とした取り巻き。
平手打ちしようとした腕を捕まれて、捻りあげられれば、そういう反応にもなるんだろう。

「あ、ごめん」

反射的に掴んでしまっていた腕を放して、私は気のない謝罪を形だけしてみせた。

「ご、ごめんで済むわけないじゃないっ!!」

私が形だけとはいえ、謝ったからか、我を失っていた女子が、痛そうに腕をさすりながら喚く。
ああ、面倒臭い。

「好きにしろ。私は勝手にする。ただ、やられたら、やりかえす。それだけはその恋愛にしか興味のない脳に記憶させろ」

私は余りにイライラしすぎて半ばキレ気味に言葉を放つと、とっとと女子の包囲網から抜け出した。
そうでもしないと、うっかり手でそうだった。自分の嫌いなタイプ全てと合致したのも、逆に珍しいわ、と本日最大級の溜息を長々と吐き出して、お気に入りのヘッドフォンを装着し直し、呼び出されていた体育館裏というオーソドックスな呼び出し場所から、次にありがちな屋上へと向かう。
教室に帰る気にもならなかった。
だから、私はサボりを決め込んでの逃避に走った訳だ。
本当に、一人きりになりたかったんだ。

「…色目、ねえ。アホらしい…私は……」

誰にも心を開くつもりはないのに、と続くはずだった言葉は、始まりを告げるチャイムにかき消された。


***


何かが、私の額の辺りを行ったり来たりしているような、くすぐったいのに、何処か優しくて心地いい感覚にふわふわとした意識は無意識にその何かを許容していた。
暫く、成されるがままにしていた。
それだけ、心地よかったってことだ。
それでも、一度浮上した意識は落ちてはいかなかったから、私はうっすらと目を開けた。

「あ、起きちゃいましたね」

起伏の少ない言葉と、青空に溶けそうな水色が視界一杯にあって、私はその限りなく透明に近い水色に手を伸ばしてしまった。
多分、それは理性がまだ働いてない寝起きだからであって、きちんと理性が働いている状態ならするわけがない。無いに決まってる。
そう、私は彼がそうしていたように、伸ばした手で、彼の髪をさらって、指通りを楽しむみたいに何度も撫でてしまっていて。
驚いて目を見開いた彼に、寝惚けていた私はうっすらと微笑んで、こう、言ってしまっていた。

「綺麗な、色だね。君の…」

髪を伝うように彼の頬に手を添えて続きを紡いだ。

「君の、髪と、 瞳…」

酷く驚いたような、見開かれた目に、漸く私は自分のやらかした事の重大さに気が付いた。





ああ、くそ、逃げなくちゃ。
(ああ、貴方はどうしてそんなに、悲しげに…)

鬼ごっこ。弐




はらり、ひらり、捲れたカードの裏側で大鎌を持った死神が嘲笑って…





おは朝の占いを気紛れに見たのがいけなかったっていうのか。どうやったらこんな事になるって言うんだ。
私は神様って奴がもし居るならいの一番に文句を言わないときがすまないだろうな、と目の前の光景から逃避しつつ、ヘッドフォンから流れる音量をこっそり上げた。

因みに、おは朝の占いは皮肉にも一位で、特に恋愛運が絶好調とかあった気がしなくもないような、するような。

でもね、私は断固として拒絶するから。なんなのさ。朝っぱらからマンションでて数分で赤い髪の毛を発見して登校ルートを変えなくちゃならなくなったし、下駄箱には大量の紙、紙、紙。
廊下では背後に気配で必死に気付かない、見えてない、聞こえてない振り。
教室の前には紫色の髪した巨人。
ああ、くそ。
もういいや。こいつ、確かこれで黙るだろうし。

「えーと、あんたが黒崎とかいうやつー?」
「Ja. was ist das?」
「あれー?日本語じゃないしー、面倒ー、日本語で話してよねー」
「 Sie essen nicht mir sogar dieses Schweigen? 」

彼の要求を完璧で鉄壁な笑顔でかわして開いた口にまいう棒の新味を素早く取り出して中身を口につっこんでやった。
これは私的にはかなりしてやった感がある。
でも、狙った通り、もぐもぐと何処か驚きつつ、でも彼は黙る。その間に脇をすり抜けて教室に逃げ込んだ。

あー、餌付けも危険だからあまりしたくはなかったけど、サボる気にもならなかったから仕方ない。
後はヘッドフォンから流れる音楽で逃避し続ければ授業中までは逃げ切れるでしょ。
しかし、一体何でこんなことになったのか。
どうせ、私の隣の席の真っ赤な髪をした彼が原因だろうけど。

登校ルートでは彼が、廊下ではおそらくは影の薄い彼だろうし。
挙げ句紫色の髪した巨人。
あー、ファンクラブのお局様に軽く睨まれたりしたらどうしてくれんの。
私はぶっちゃけ外見は中学生のガキだけど、極めて特殊な記憶のせいで精神年齢成人だからね。
付き合いきれんし。女の子のそういう集団行動とか、集団心理とか苦手だし。
だから、この学校のスター的なあいつらとは絶対に関わりたくないとすら思ってるからね。

はあ、今日何度目だよ溜め息。
だって、寝た振りしてんのバレてるくさいんだ。
刺さってる、刺さってるよ。視線。
でも顔はあげない。
今更上げたら死亡フラグでしかない。わざわざ回収するわけがない!へし折るに限るでしょ。

カシャッ

そう、心に決めた途端、ヘッドフォンが奪われてシャカシャカと、ヘッドフォンからどっか抜けてる音漏れがする。

「無視するなんて、いい度胸じゃない?」
「……」

音を奪われて反射的に上げた顔のすぐ近くにオッドアイが不敵な笑みと共にあって、私は反射的に出そうになる溜め息をすんでのところで呑み込んだ。
まだ、ハサミの錆びにはなりたくない。

寝ぼけたふりして今度は英語で返す。
多分彼なら会話程度の英語ならできると思ったから。

「 Return, because I liked it best! 」
「 Such terrible, who is here Are you better than us? 」
「 I wonder if you know say? The trouble is I hate. 」

あ、と思ったときはもう口をついて本音が零れた後だった。
にぃ、と目の前の整った顔が笑みに歪む。
あーぁ、これはよくない。よくないぞー。
でも、しかし、うん。
私は気が長い方じゃないし、言いたいことを我慢したまんまだとイライラするタイプでもある。
前世と違うのは長い海外生活が言いたいことを我慢してでも波風立てないようにしてきた性格を大きく変えたことかもしれない。
や、そりゃ空気は大抵は読むけど、それでも言いたいことを結構すっぱり言えるようになってて、おまけに英語だとやっぱ、拍車をかけてズバッと発言してしまう。
まあ、向こうじゃそれが普通だったし。
もっかい言うけど空気は読むけどね。
思うことすら言えないって結構恥ずかしいことなんだよね。

あー、そんなことよか明らかに獲物を見つけた眼だよな、これは。
あー、うー。明日からの登校は極力ギリギリにしよう。
そう、ひっそり決意して英会話、文字通りの会話をしていたせいと、赤司のせいで教室の視線を二人じめしていることに耐えきれなくなった私は早々に赤司からヘッドフォンを取り返すと鞄に仕舞う。

「楽しめそうだよ」

くすりと笑ったその笑みが何処かで見たトランプのジョーカーの笑みと重なって、私はうすら寒い背筋の震えを追い払うようにせんせー、早く来い、と願わずには居られなかった。



捕まってやる気は、微塵も、ないから。
知らなくていいよ、どうなるかなんて。
(逃がすとでも?)


続く?

鬼ごっこ。



あの日の記憶。真っ白に焼け付いて離れなくなってしまった記憶。それは、死の…記憶。
今でも悪夢のように繰り返し見ては飛び起きて、生きていることを必死に確認する。
なのに、私には実感がない。生きている、という実感じゃない。死んでしまったのだ、という実感の方だ。
鮮明に記憶しているのに未だにこうして意識を保っているせいかもしれない。けど、解ってる。誰よりも、痛いほどに。私は、死んだ、という事実を…。

だから、これは今の私にとってはきっと前世に当たる記憶になるんだと思う。
でも、この記憶だけじゃない。自我も、知識も経験も、全てが元のまま死んだ頃の私のまま、私は新たな生を受けてしまった、というのが多分正しい解釈だと思う。生まれた瞬間、産声をあげながら、あれ、おかしいな。なんて思っていたことにも、死んだときの記憶が残っていることも、この仮説なら、納得はできずともなんとなくいい線をいっているような気はする。

つらつらと、何時も考える私の存在意義。だって、そうじゃないか。本当なら私として生まれるはずだった存在は死んだはずの私が上書きされてしまって生まれ落ちることが出来なかった。
だったら、私はこの世界で一体何をなせばいいのだろう。何処か借り物のように感じてしまうから、だから、私にとってはとても重たい意味を持つ気がする。
でも、今日もまた、答えなんてでやしないんだ。



がやがやと廊下にいても聞こえるのは、時期外れの転校のせいだろうなあ、なんて思いながら私は中に招かれるのを待っている。
気が重いのは絶対に自分の特異な記憶のせいでもあるけれど、まず、間違いなく自己紹介ってやつのせいだ。
人見知りが酷い方ではないけど、やっぱり自己紹介は苦手だから。
あーぁ、と溜め息をついて、腹を括る。
タイミングを見計らったかのようにからりと教室の引き戸が引かれて教師が私を呼んだ。

「じゃあ、中に入って自己紹介してくれ!」
「はい」

返事をして中に入る。
ざわついていた教室がしんと静まり返った。
やめて欲しい、こういう雰囲気は本当に苦手だっていうのに。
おまけに、長い海外生活のせいで日本語も少し不安があるし。

「えーと、黒崎・レイ・バートン、です。宜しくお願いします?」

英語ならもう少しまともな自己紹介にもなるだろうけど、日本語となると、何を言ったものか辿々しくなってしまう。
それでも、教師にとっては及第点だったみたいでそのまま席へと促される。
はあ、やれやれと席につけば、隣から刺さるような視線を感じて私はちらりと伺って気付かれないように、視線を前に戻した。
ああ、くそ、ふざけてる。
内心で盛大に悪態をついて、私は私がイレギュラーな生を受けたこの世界が、生前から持ち得た記憶に一致するものがあることを理解してしまった訳だ。
だって、隣の席の真っ赤な髪をした鋭い目付きの男の子は、きっとこう、名乗るんだ。

赤司、征十郎…って。

「初めまして、僕は赤司、征十郎」

怖いくらいににこやかな赤司はやっぱり曖昧ながらに、誌面と寸分違わぬ赤司で。
でもちょっと若い。ああ、そうか、気付くべきだったんだ。転校先の学校の名前が帝光中学校って時点で。
バレないように溜め息を小さく吐き出して、赤司の方を向く。

「宜しく、赤司、君…」

出来れば宜しくなんかしたくないなんて、言ったら最期、きっと私はハサミの餌食になるんだろうな。
いっそ、青峰とかと同じクラスなら楽しかったのかもしれないけど。
名乗ってから別段新たに話題を振ってくる訳でもない赤司から視線を外して窓の外をぼんやりと眺める事にした。



知ってるか?
鬼ごっこ、捕まったら、どうなるか、を。

(平穏なんて夢のまた夢?)





続くかも?
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