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無音の決意。



終わらない夢を見よう。
想いだけが、生きる全て…





ゆるゆると瞼を開ける。
光が痛いほど溢れている。此処は、何処なのだろうか。
記憶を辿ってみても、巨人を殺し、泣き喚いたところまででぷっつりと途切れてしまっている。
ふと、思い付いたように腕を上げて掌を見れば真っ白な包帯が巻かれている。巨人を殺したところまでは現実として良いようで、記憶は間違っていないようだ。混濁している意識では全てが夢だったのではという淡い期待さえ信じてしまいそうになる。

「無い物、ねだり…か」

自嘲の笑みと共に吐き出した言葉は思いの外重く、ズシリと心にのし掛かった。それは、望んで、願って、けれど絶対に届く事のない想いだと身体の傷の数と共に思い知らされてきたのだから。

沈み切った思考を無理矢理中断して、私は身体を起こす。全身に引き攣れた感覚が有るものの、大きな問題もなく身体は動いた。
拷問に継ぐ拷問。挙句、巨人と鬼ごっこの末殺しても尚、この身体はしぶとく生きている。生存本能は私を変質させた。
身体はよりしなやかで強靭な筋肉を鎧に纏い、精神は逆に酷く柔軟でやわらかくなった。壊れてしまわないように、進化したのか、変化したのか。いや、退化かもしれない。
ともあれ、身体は動くし思考も問題ない。あれだけのことの後だ。僥倖だろう。

寝ていた寝台から降りてさらに現状を把握するべく部屋の中を確認する。
一揃いの机と椅子。本棚、窓は一つ。筆記具、照明器具…まるで誰か書斎兼、寝室のようだ。…勉強部屋の方が私の中ではしっくりくるのだけれど。
元来は読書好きだったこともあり、私はそっと本棚へと近付き、なんとはなしに気になった本を手に取る。どうせ読めやしない事は分かっていた。それでも、もしかしたら、なんて感情が無かった訳では無かった。

「…ま、読めや…待て、これ…」

ふと、思い付いた事。規則性のある文字列。発音にされてしまえば分からないが、文字は意味さえ読めれば音に出す必要はない。
私が知る文字に酷似している。決して確信などは無い。けれど、もしこの気付きがあっているのなら、私が知っている文字を当てはめれば読み取れるかもしれない。やってみる価値はある。
私は悪いとは思いつつも、紙とペンとを拝借し、早速相対表を作成し始めたのだった。



そいつに声を掛けられるまで、読書に没頭していたらしい。
声をかけてきたのは見知らぬ男だ。
男と言うには幼過ぎる印象のそいつは何処かオロオロとした風に何かを尋ねてきた。
言葉が通じないということを知らないのだろうか。と、言うよりも私が知るこの世界の存在は巨人と少女と女と男二人だけだ。
多分あっていれば、男2人がエルヴィン、リヴァイ。女がハンジだったか。少女は、名乗らなかった。故に名前と思わしきものを知っているのは三人だけなのだ。
しかし、オロオロとしている目の前の少年が聞き慣れた言葉をこぼしたことで、私は漸く彼がどうしてオロオロとしているのかの推測はできたのだった。

『あ、あのリヴァイ兵長は?此処は兵長の部屋の筈なんですが…』

聞き取れたのは名前だけ。しかし、此処はどう見ても誰かが使用していた部屋だ。恐らく部屋の主を尋ねてきて見るからに怪しい女がいれば動揺もするだろう。
ふむ、通じるかどうか試してみてもいいのかもしれない。もし、これで意思の疎通が取れれば儲け物だ。
何故かこの少年からは敵意を感じない。試したとしても急に暴れ出すことも無いだろう。

手にしていた本を閉じて、ペンを持ち直す。死に物狂いだったせいか、相対表はもはや無用のものになっていた。それをひっくり返してサラサラと文字を書く。綺麗とは言えないだろうが、読める字であるとは思う。

ー訳あって言葉は話せないし聞き取れない。筆談をお願いします。

書き終えてトントン、と文字を示せば少年は恐る恐る私の手元の文字を覗き込んだ。

『…そうか、お前耳、聞こえないんだな?』

何を言ったのかは分からなかったが憐憫の情が伝わってきて、文字列を私は見直す。ああ、これじゃ耳が聞こえなくて聞き取れないから言葉も話せない様に誤解されるな、なんて思い至った。
けれど、きっと拷問や巨人の経緯はあの三人にとっては不都合な一件かもしれない。勿論私にとっては進んで知られたい事でもない。この誤解は丁度いい、利用させてもらおうか。
そんな、私が打算的な思考に耽っているうちに少年はサラサラと文字を書き連ねていた。

ーこの部屋の主を訪ねてきたんだ。俺はエレン、キミは誰?

文字を追って、それから私は少年へと視線を移す。少年はエレンというらしい。彼は未知なるものへの猜疑でも恐れでもなく、純粋に好奇心で尋ねてきたのだろう。彼の瞳は期待やら何やらで輝いている。
困ったことに私はそんなエレンの期待に応えることは出来ないだろう。既に何と答えたものか、返答に窮してしまった。
誰、なのだろう。私は…。
勿論、私は私だけれど。この世界で、私は一体何者なんだろうか。
その答えは今は出せない。それなら、無難に名前でも答えておくしかないか。
意を決してエレンからペンを受け取った。

ーレイ

たったの二文字。敢えて家名は書かなかった。説明出来ないだろうからだ。
あの日、あの時何が起きたのかはあの時まだ整理できていない事の方が多く、思い出そうとすれば酷い吐き気と目眩に襲われる。それに、彼等が理解してくれるとは思えなかった。だからこそ、私は一つの決意をしたのだ。
いつか、この世界でもこの話をしてもいいと思える日までは口を閉ざそう。そして、ただただ生き抜こう、と。

たった一言だけの解答だったのに、エレンは人好きのする笑みで聞き慣れた私の名を音にしてくれた。

「レイ?」

この世界で初めてしっかり意味を理解して聞き取れた言葉が、自分の名前だった。
そう、やっと私は意思疎通の方法を拙いながらも得たのだ。
けれど、耳が聞こえないと勘違いしている彼のその、勘違いを利用しようと思っていた矢先に、私はうっかり名前に反応してしまった。
あ、と思った。けれど、それ以上に名前を呼ばれたことが素直に嬉しくて私はまあ、いいかと思い直す。
だから、呼び返した。発音に自信は無かったのだけれど。

「…エレン」

返答は無かったけれど、代わりに大きく頷いてくれた。通じたようだ。
さらさら、さらさら。私は名前の隣に文字を綴って行く。

ー…エレンの名前、発音、あってた?

今度は何かを言いながら大きく頷いてくれた。どうやら発音に問題は無いようで。なら、と、私はさらに聞く。

ー名前、覚えている人、三人いる。エルヴィン、リヴァイ、ハンジ。この中の誰かと会えないだろうか?

その名前にエレンは少なからず驚いたようだった。腕を組んで考え込んでいた。それから、返答を律儀にちゃんと書いてくれる。

ー多分今なら団長室に誰かしら居ると思うから着いてきて!

ここから出ていいのか、私が出て行くことでエレンは怒られやしないか。でも、期待の方が大きかった私は頷いていた。



エレンの後ろを歩きながら、周囲を観察する。石造りに木枠の窓、証明は蝋燭などが、主だったものだろうか。
電気という概念自体がないのか、巨人のせいで失われて久しいのか。私はつらつらと考えを巡らせながら歩いていた。その所為かエレンが立ち止まったことに気付かず、彼の背中に鼻を打ち付けるという間抜けを晒すことになってしまった。

「っ!!」

何やらエレンの背中には硬いものが装着されており、意外なほど鼻は痛かった。
声にならない声をあげて鼻を押さえてエレンを見やれば、彼は直立不動で手握り心臓に当てている。
そして、その向こう側に酷い怒気を孕んだ気配がある。どうやらエレンの背より低いがために、私からは見えていなかったらしい。
そろり、と気配のする方へ顔を覗かせる。瞬間、私は手で顔を覆って天を仰いだ。殺人犯だって裸足で逃げ出す形相だ。目付きが悪いにも程がある。
そんな、鬼のような形相の男が口を開いた。残念ながら私にはエレンという名前しか聞き取れなかった。
文字の読み方自体も相対表と照らし合わせ、意味が通じるまで試行錯誤をしてこの文字は恐らくこれと同じ、なんて具合に覚えた。故に音は読んでもらわないとわからないし、文法なんてちんぷんかんぷんだ。
ともあれ、エレンに対して何やら怒っているのは確かで、この場合原因なんてものは私以外無いだろう。

『おい、エレンてめぇ…誰の許可を得てそいつを外に出した…』

エレンがびくりと強張った。
さてどうしたものか。紙とペンなんてこの場には持ってきていない。
この場の雰囲気を考えるとどうにも間抜けにしか思えなかったが仕方ない。

トントン。

エレンをつついて意識を向けさせる。そのまま背中につつーっと文字を書く。初めはぽかんとしていたが、意図が通じたらしく頷いて音にしてくれた。

ー私が、あなた達に会わせて欲しいと頼んだから…

今度は鬼のような形相の男がぽかんとする番だった。
背ではなく差し出された掌にスラスラと文字らしきものを書いてはそれを読み取ってエレンが言葉にする。
あれ程方法を模索していた意思の疎通が今、目の前で行われている。

『…ほぉ、面白い。エレンよ、命拾いしたな』

たはは、と苦笑いをするエレンを見上げ、どうやら事なきを得たのだろうと勝手に判断した。



重厚な扉の向こう側。張り詰めた空気が肌を刺す。
どうやら、団長室にいるよとは、学校で言えば校長室、私にとっては社長室に等しいらしい。
エレンの隣で、極めて嫌そうに眉間に皺を寄せていたら、鬼の兵長が何やらゲンドウポーズで威圧感たっぷりの男へと発言している。

『そうか、彼女は字は読めたのか…』
『らしいな、エレンと確かに意思疎通しているのをこの目で見ている』

エレンという少年は本当に優しい気性らしい。何とか私にも分かるようにと私の手をとって字を綴ってくれている。
実際有難い。理解不能だった世界のほんの一端でも理解できるような気がして…。
しかし、実はつい何時間か前に無理矢理文字だけ当てはめて読んでますとは言えない。
自分のものにしきった訳ではない言語は逐一私は日本語に当てはめて思考しなければならなかったりする。お陰で、レスポンスは一泊以上おかなければ難しい。
慣れる迄使い続ければやがてはすんなりと意味も飲み込めるのかもしれないが。
ともあれ、私にとって居心地の悪いこの状態には辟易している。で、冒頭に戻るわけである。
当人である私は蚊帳の外状態のまま何やら彼等は相談を続けている。
エレンも間に合わなくなってきたのかアワアワとし始める。速記が出来なければ会話をその場で文字に起こすなんて難しいに決まっている。
はあ、と溜息を一つ。面倒臭くなってきた私はツンツンとエレンをつついて一旦、通訳を止めて貰う。そのまま彼の手を取ってサラサラと文字を綴る。

ーごめん、こんな面倒なことになるとは思ってなかった

ふるふると間髪入れずに首をふってくれる辺り、本当に優しい子だ。
こんな、残酷な世界で彼は壊れないでいられるのが不思議な位に。

ー段々面倒臭くなってきたんだけど、彼等の話は長いの?

そんな彼に苦笑して問えば、瞬間部屋が静まり返る。

『…わら、った』

それまでニヤニヤとしたまま口を開かなかった女、多分ハンジがポツリと何かを言った。
エレンが、掌に文字を綴る。

ーハンジさんが、レイが笑ったって…

意味を理解するのに数秒かかった。
そうか、そうだ。私は彼らの前で殆ど表情筋を動かした事が無いのだ。
あー、なるほどなぁなんて悠長に構えていたらハンジに詰め寄られて、凄い勢いで手を握るものだから驚いてまた眉間に皺が寄った。
そのまま、エレンがしているように文字を綴ってくる。

ー私はハンジね、で、あの凶悪面がリヴァイ、威圧感半端無いのがエルヴィンね!

ハンジへ頷くことで理解したことを伝える。
元より、この三人については確証が持てなかっただけで名前は認識していたとは今更ながら言うような事でもないか。
不意にエレンの方へ視線を戻して空いているてで文字を綴る素振りをすれば、彼は自身の手を差し出してくれる。

ー音にして欲しい。字は分かっても音は分からないから、発音が出来ない

そう綴ってから、す、とエルヴィンを示せばエレンは何やら聞きなれない単語をつけてはいたけれど発音してくれる。
恐らくは敬称か何かだろう。
そのまま聞き取れた名前の部分だけ発声する。

「エルヴィン?」

どうやら合っていたのだろう、エレンとエルヴィンが反応する。
目つきの悪い男を指さそうとした時だった。
酷く重い音が響いて、窓硝子が破砕して吹っ飛んだ。
爆撃かと思える程の轟音。
身体は意思を置いてきぼりにして動いていた。

側にいたエレンを突き飛ばし、ハンジを蹴り飛ばす。
私は咄嗟に上へと飛んでソレを避けた。
ソレは、人間の頭部だった。
絶望すら感じる間もない程の殺戮だったのだろうか。
彼か彼女かすら判別が難しいその頭部は、射出された弾丸のように飛来した。
それが意味するものを、私は知らないでは済まされないことを既に感じ取っていた。

だからこそ、私はその名を呼んだ。
私にあの時迷わず刃を渡したのは彼だったから…。

「リヴァイ…」

真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに彼の双眸を見る。
彼は驚きもせず、何かを決めかねるように思考するのだった。



生きていたい、死にたくない。
今の私はその想いだけが、全てなのだ…




心が砕けても、構わない。
(何度だって、立ち上がる)


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