「委員長、」

「…………。」

「ねー委員長てば。」

「…………。」

「おーい、藤内?」

「…………なに。」


後ろから聞こえてくる間延びした声に振り返ると、隣のクラスの体育委員と目が合った。


「何だよ聞こえてんじゃん。さっきから呼んでんのに。」

「呼んでるも何も、おれ委員長じゃないんだけど。作法委員なんだけど。」


委員長委員長、と連呼されたって返事をする理由なんてない。
入学してからずーっと平部員として作法委員会に所属していたおれは、学級委員長になったことは一度もないし、これからもきっとない。
あの委員会で人数分のお茶とお茶うけを用意する係は、先輩が卒業しようが後輩が出来ようが年を跨いでおれの役目だ。


「えーでも委員長ぽいのに。」


それでも、口を尖らせ食い下がられるとなんとなくこう…モヤモヤと。


「委員長っぽいって…それって誉め言葉な訳?」

「めちゃくちゃ誉めてる。」


…まぁ確かに委員長って言ったらクラスの代表だから。さすが委員長、と言われることはあっても、これだから委員長は、と言われることは殆どないだろうし。

だからこそ、予習復習が趣味みたいなおれとは無縁だ。
幅広い人徳だってもってないし、性格だってよくない。
だからほら、


「…じゃあ、おれのクラスのほんとの委員長に言ってあげなよ。次屋のすきそうな、カワイー女の子だから。」


こうやって、ひねくれた言い方しか出来ない。


「…俺、別にカワイー女の子に興味ないけど?」

「それ、思春期の男子としてあるまじき発言じゃないの。」

「じゃあ藤内はカワイー女子とイチャイチャしたいって年中考えてんの?」

「そんな訳ないだろ。」

「ほら、藤内だってそーじゃん。」


うぐぐ、なんか悔しい。
っていうか話のズレ方がおかしいだろ。

おれが言いたいのはそうじゃなくて。


「…………こないだ、」

「ん?」

「こないだ、………告白されてただろ。違うクラスの子に。……嬉しそうにしてたクセに。」


そうだよ、見たんだからな。おれ。
校舎の裏で呼び止められて、すきですって言われてた。

覗きなんて趣味じゃないし相手の子に悪いし、人としてどうかなって思うし、………というか、……次屋の返事を聞くのが怖くて。
すぐに逃げ出したからその後どうなったかなんておれは知らない。


「…あぁ!あの子?あの時の子ならフッちゃったって。名前も知らないし!」

「……え、」


…フッ……た、のか、

それって、じゃあ、


「…断った、んだ…」

「そうだよ?」

「に…にやにやしてたじゃん!」

「んー?藤内みたいな髪してんなって思っただけだなんだけど…そんなに俺、顔に出てた?大丈夫、俺には藤内だけだよ。」

「……っ、さいてーだ。」

「ははっ、そう嫌がんなって。」


(そうじゃ、ない。)


そうじゃないんだ。
おれ、嫌がってなんかない。
そういう、ことじゃないんだ。


(だっておれ、……嬉しいって思ったんだよ。)


あの子がフラれちゃったんだって知って、お前がおれだけだって言ってくれて。
あの子はきっと泣いたに違いないのに、喜んじゃったんだよ、おれ。

…だってあの子はおれと同じに真っ黒な黒髪で、少しだけクセっ毛で、…おれと似てるって思ったから。


(現にやっぱり次屋だって、そう思ってた。)


だから、だからもしかしたら次屋付き合っちゃうんじゃないかって。おれがいつまでも素直になれないから。
おれにちょっと似てて、…けどおれより素直な女の子と付き合っちゃうんじゃないかって。

ずっとそんな馬鹿みたいなこと考えてたんだよ、おれ。


(もしお前が女の子と付き合うとしても、きっとおれに似てる子を選ぶって。)


お前はおれのこと、好きで仕方ないみたいに思ってるんだ。

みっともない。
はしたない。
恥ずかしい。
こんな、自惚れが強くて、自己中心的で、あの子の失恋を喜んでるおれ自身がすごく、すごく、


(さいてい、だろ。)



「……お前、何でおれなんか好きとか言うの。……意味わかんない。」

「そう?藤内の好きなとこ、いくらでもあるんだけどなぁ。」

「………おれは、きらいだ。」


受け入れる勇気も、突き放す覚悟も、おれはまだ持ってなくて。

何も返してやれないのに、それでもお前が、…おれを好きでいてくれるといいなんて思ってる。


(わがままで、自分勝手で。おれはいつだって逃げてばかりだ。)


「藤内がどんなに自分のこと嫌いだって言ったって、俺は全部好きだよ。藤内に嫌われたって、それは絶対変わんない。」

「そんなこと…っ」


嫌ってなんかない、これからも嫌ったりなんてしない。
そう声に出して言いたいのに。


「……おれは、お前の、……その明け透けなとこが、苦手だ。」



おれは、多分お前が思ってるようなおれじゃないよ。
ひねくれたおれには、お前の真っ直ぐさが怖いんだ。

おれには、お前が眩しすぎるよ。




(そんなおれが、お前に好きだなんて言えるはずがないって。いつになったら気が付くの?)





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甘酸っぱい次浦が書きたかったです。