身体に傷が付くことは日常茶飯事だった。
拳で殴られたり足で蹴られたりするよりも、モップの柄で殴られたり、果物ナイフで切り付けられることの方が多かった。
理由は、その方が傷がキレイだから、と話しているのを聞いたことがある。
楕円形に青紫色に浮いた痣よりも、直線に走る痣や、真っ直ぐに裂かれた切り口のがイイ、と。
常識人の僕には、なんとも理解し難い理由だ。
(とんだへんたいだよね。虫酸が走るよ。)
中性的と評されることの多い自分の顔立ちは、暴力に快感を感じる歪んだ性癖の同性たちに食い物にされることも多く。
レイプされたことはなかったけど(あいつらはそこまでする度胸は無いらしい)、その中途半端さが逆に僕を苛立たせた。
結局彼らもたったそれだけの人間なのだ。
彼らに興味も無ければ、そんな人間に傷つけられる自分の身体も痛みはあれどどうでも良かった。
(ただ僕の中の、もう一人の人格はそうは思わなかったみたいだけど。)
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「おい、」
「………。」
「おいって。」
「…………。」
「おいっつってんだろ、宿主サマよぉ!」
(〜あああうざいなぁ、もう!)
寝たフリでシカトを決め込むつもりだったけど、後ろで呼ぶ声があんまりしつこいから嫌々寝返りをうって無言で振り返る。
うう、痛い…寝返りをうつだけで、どことは言いたくないそこが、その、ものすっごく痛い。
ついでに言えば、縛って押さえ付けられてた手首に無理矢理抱えあげられた脚に腰に、爪たてられた背中に絞められた首に…要は全身?寝たくても眠れない位には、フツーに痛いんですケド。
ベッドに手のひらついて偉っそーに見下げてくるこいつにも、同じ気持ちを味わわせてやりたい。
「なんですかぁ。まだ僕に用事ですかぁ。」
「…怒ってんのかよ。」
「少なくとも良い気持ちじゃないよね、こんなことされて。」
縛られた後の手首に浮いた紫色に近い痣と、ねばついた体液に濡れた太股を布団の端から見せてやったらようやく大人しくなった。
…そもそも、コトの起こりは突然だった。
お風呂場でうとうとしてたら急に無理矢理意識を持ってかれて。
次に目を開けたらそこは僕の心の部屋で、無駄に不機嫌そうなアイツと目が合った。…というより睨み付けられた。
そんなの当然嫌な予感しかしないから、(あ、やばいかも)なんて思った時には隅にあったベッドに叩きつけられてマウントポジションとられて。
みっともなく抵抗しながらも、力で押さえ込まれたら非力な僕は為す術もなく。
あっという間にズボンを剥ぎ取られてサヨウナラ僕の処女。
とにかく痛いし苦しいし、泣いたら押さえつけられるわ、叫ぼうにも無理矢理口の中突っ込まれてしゃぶらされるわ。
想像を越えた激痛と恐怖と屈辱のハジメテは、一言で言うなら最悪だった。
というか、それ以外のものがあるなら是非教えてもらいたい。
(どこぞの少コミでもあるまいし。つーかコレ犯罪。アウト。捕まりますから。)
そんなんだからさすがに僕もそれなりにショックだった訳で(まず自分の心の中で犯されるってどういうことだよ)、今も泣き寝入り状態なんだけど。
それなのにコイツのふてぶてしさったらない。
キズモノにされて枕を涙で濡らすいたいけな僕の隣で、さも一仕事終えましたって顔で寝ようとしてやがったからベッドから蹴り落としてやった。
ほんと何で僕の中にこんな奴が寄生してるんだろう。
「…お前さぁ。悪い事したなー、とかさぁ。全然思ってないでしょ。」
「あ?何で俺様が悪びれなきゃなんねーんだよ。」
「うわぁ…今ので好感度更にガタ落ちだね。」
いやまぁ、そもそもこいつに好感とかそういう好意的な感情は持ってないんだけども。
それでも今のみたいな発言されたら、男として…ってゆうか人として、完璧に駄目な部類の生き物だと思う。因みに思念体のこいつを生き物として扱うのは正しいのかどうか、とかゆう理論は今のとこ問題じゃない。
だってこの心の部屋に居たら、あいつの感触がはっきり分かるんだもん。
触覚、体温、匂い、……せーえきまで。
それらを備えたあいつはこの部屋では生きてるとしか思えない。
「お前だって万更でもなかっただろ、よがってたじゃねぇか。」
「はぁあ?いつだよ。」
「首締めた時。」
「…アレはよがってたとは言わない。声にならない悲鳴って言うの。」
しばらく時間は経ってるはずなのに、まだ喉に異物感がある。
絞められた所為じゃない異物感もあるけど…うん、出来るだけ考えないようにする。
(…熱っぽい手のひらに、ねちこく気道を撫で回された。)
(きつく力を込められたら、息の仕方を忘れた。)
痛くて、苦しくて、散々なぶられた下半身は張り詰めて。
痛いのと気持ち良いのが交じり合ってぐちゃぐちゃになった頃、考えることも放棄した。
このまま全部忘れてしまいたい、誰も僕のことを覚えてくれてなくていい。
消えたい、
やめたい、
なくなりたい、
やっと、終われる。
『…はやく…、殺、して、』
それはきっと、紛れもなく僕の本心。
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