みくりさんに素晴らしい返しを頂いたので、更に返す…これが青妻ラリー(黙れ)
死ネタを頂いたので頑張って妻を生かしたけどハピエンには至らなかった。頑張ってハピエン手前までいった。はずなのにそこはかとないバドエン臭。っていうか、むしろここからバドエンに迎える夫妻の本気が怖い。
ところで、マフィアぱろでムッティは亡くなってるようですが、これでメル(闇落ち)が生きていて妻の不貞相手になったり、それがメル(ムッティ殺したのは伯爵と誤認中)の策略だったんだけど段々魔性の妻に本気になったり駆け落ちしたりらじばんだりって話しはどこなんでしょうかね…待ってる…(これが世に言う無限ループ)
夢を見ていたのよ、とても、懐かしい夢。
貴方に出会った次の日の、貴方との会話。
貴方に初めて会った日は、あんなに清々しく晴れていたのにね。どうしてかしら、ほんの一日で、空からはバケツをひっくり返したような大雨が降ってきた。周囲からの音が遮断されるほどの、あめ。景色を見せてはくれない程激しい、ベールのような雨。きっと意味の無かった、私の問い。純然たる疑問。そう、それ以上の感情なんてないわ。ただの気まぐれ。でも聞いてみたかったのよ、その時は。聞いてみようと思ったのよ、その時だけ。
「どうすれば、愛する人になれますか?」
ただの、素朴な疑問よ。
「死んだお前ならば、愛してやろう」
別に、意味などありはしなかったわ。
あるはずが、無いのよ。
妻が倒れた。
報告を聞いた時、私は特に何をすることも無かった。身体が丈夫とは言い難いあの女のことだ、最近続いた気温の変化に身体が追いつかなかったのだろう。季節の変わり目に妻が倒れる事はままあることであったし、気に止めるに至らない。執務のため動かしていた指先を止めることなく書類にサインをして、「そうか」とだけ返した。しかし報告をしてきた部下は立ち退かない。まだ何かあるのか、と、あるのなら一気に言えばよかろうと苛立った私は部下を睨み上げた。用もないのに傍にいられるのは不快だ。さっさと仕事に戻れと怒鳴りつけようとした瞬間、
「奥様が倒れられたのは…その…、…どうやら何者かが毒を盛ったようで」
だから何だと、言いかけた。
そもそも、あの女を妻としたのは何故か。決まっている、都合がいいからだ。旧家の出でものを知らない箱入り娘、何者にも染まっていない領土拡大のいい駒。他の理由など一切無い、情の欠片も無く娶った女だ。ああ、けれど面白い女ではあったな。人形を囲う私に不平不満を漏らす事も無く、ほんの何日か前まで生娘であったにも関わらず自らも犬を飼って見せた。最初こそあてつけかと思ったが、そういうつもりは一切無い。ただ、私が人形を囲うのを見て女はそうやって得る悦楽があるのだと学習して見せただけだ。アレは、私の行動を咎めることなくただ吸収した。従順なばかりではない、意思が無いのでもない。あれは、私の行動を見て学習し、知恵をつけた、いわば私自身のようなもの。あれの行いは私の行いだ。中々面白いものだ、自分自身を見ているというのは。
今あるものだけで満足しないのも、本当は欲しくも無いのに欲しがって見せるのも、代役を立てて見せるのも、欲しい物は絶対に手に入らないのも、同じだ。
私はひたすらに、この世界で唯一愛した女性を求めた。あの女は何を望んだのだろうか、若く美しい男達に、共通点は無いように見えた。私が知り得ぬだけだったのかもしれないが、私とは似つかぬ男達であったのは間違いない。
随分空虚な人生だ。欲しい物は得られず、代役は代役でしかない。富も、名声も、権力もある。欲しい物だけが手元に無い。私も妻も、それは確かに同じだった。
私の欲しい物はもう一生手の届かないところにいる。あの女の欲しいものも、あの女の手に届かないところにいる。それだけは確信できたし、安堵もしていた。深い意味があったわけじゃない。あの女が欲しいものを手にする事を、許せなかっただけだ。あれは私なのだから、私が私を裏切っていいはずが無い。私を差し置いて、私が充足感を得るなどと、あってはならない。
あれは、妻は、私の写し鏡だ。それ以上でも以下でもない、私の所有物だ。だから、部下の報告を聞いて妻に毒を盛った犯人を調べさせたのも。手塩にかけ慈しんだ人形を拷問にかけ殺したのも。今こうして妻の眠る寝台の横に座り血の気の失せた手を握り締めるのも。私の所有物が私の知らぬところで死ぬ事を良しとしないからだ。
(これは)
これは、私のものだ。
私の元に嫁いだ瞬間から、髪の毛の一本とてあまさず私のものだ。他の誰のものでもない、妻自身のものでもない、私の、私だけのものだ。これの生も死も、私のものだ。私が飽きれば殺す。私が不要になれば殺す。私が邪魔になれば殺す。私の手でだ。全部、私のものなのだ。他の誰の好きにもさせない。なのに。
「…どうして、毒を飲んだ」
返事は無い。硬く閉じられた瞳が開く気配は、ない。主治医の話しによれば、体内の毒は発見が早期だったため完全に除去されたらしい。しかし、元来身体が丈夫とは言い難い妻であるから、目覚めるのに時間がかかるかも知れないとも。しかしその話を聞いたこと自体、もう一週間も前のことだ。その時間はどれくらいだ、あと何分だ、何時間だ、何日だ、何年だ。
私が気の長い方ではないのを知っているだろう。早く目を開けろ。目を開けて答えろ。何故毒とわかって口にした、何故命を失うとわかっていて飲み干した。目を開けろ、声を聞かせろ、答えを教えろ。お前は私だ、私を写す鏡だろう、私がお前をわからないなどあっていいはずがない。お前は私のものだ、何故死のうとした。何故、
「…」
「…おまえ?」
握り締めていた手が、ぴくりと動いた気がして声をかけた。いつもよりずっと白い妻の顔を凝視する。穴が開くほど見つめていると、一ミリとて動かなかった女の顔が、変化を見せた。小さく痙攣する瞼、震える睫。起きるのだ、と思った瞬間、はっとして握り締めていた手を離した。私は何故、妻の手を握っていたのだろうか。これは私のものだ。けれど、所有物以下でも、以上でも無いのに。
「…」
変化は、ゆったりとしたものだった。ふわふわとした髪と同じ色の睫が震えて、ゆっくりと開く。長い事目にしていなかった翡翠が顔を覗かせ、ぼんやりと宙を見つめる。その様はまるで、人形のようだった。それは勿論、私の囲っている女たちの事ではなく、生のない本物の人形のような。妻は、どこも見ていなかった。ただ、一度ゆっくりと瞬きをした後、天井を目にして何事かを呟く。唇が動いただけで音にすらならないそれが何事を口にしたのか、私にはわからなかった。その事が酷く…、…多分に、不快で。私は聊か乱暴に声をかけた。
「起きたのか」
「…」
私の声に反応した妻が、ゆっくりと首だけを動かして私を見る。翡翠の瞳が私を捕らえて数瞬、彼女は「いつもの通りに」微笑んだ。
「…おはよう、ございます」
かっと、頭に血が登った。なんでもないように、いつもと同じように私に接する妻に苛立ちを感じた。
「おはよう」などと。下手をすれば永遠に、覚めぬ眠りについていたというのに。そのような言葉、二度と吐けなかったであろうに。
「…何が、早いものか。」
一週間。寝台の上で昏々と眠り続けていたのは誰だ。起きる兆しも見せず、屍のように眠り続けていたのは。ふっくらとしていた頬がこけた原因は何だ、出し辛そうに枯れた声の原因は何だ、私は美しいお前だから手元に置いたのだ、その様は何だ。
言いたい事など多々あった。実際、眠りについてからどう足掻いても衰弱して行く妻はその美しさも損ねていく。それでも傍に置いたのは、これが私のものだからだ。だというのにこれは、その自覚も無く眠りについた。起きたと思ったら、これだ。どういう、つもりだ。
「何故毒を飲んだ」
「…」
「知らなかったとは言わせんぞ、お前は馬鹿では無い」
「…」
「私はお前の死を許可していない。何故死を選んだ」
「…」
「答えろ。」
「…」
「…答えろ!!!」
怒りから、口早になるし語気も荒くなる。だというのに女は、静謐な瞳でただ見つめ返すだけ。その表情は、何だ。いつもいつも、呆れるほど笑うくせに。さっきだって、いつものように笑ったくせに。何だその顔は。何故そんなに、色のない表情で私を見つめる。何故そんな瞳で私を見つめる。
そんな、人形のような顔で。
「……が……」
「…何」
「…天気が…良かったものですから…」
長らく使われていなかった妻の喉から、けして美しいとは言えない声で紡がれた言葉。言った瞬間、顔ごと逸らされた視線。
天気が、良かったから?
馬鹿にしているのかと、思った。怒鳴りつけるつもりだった。そんなことで手放す命なら、いっそこの場で絶やしてやろうかと思った。それを、しなかったのは。
「いらないものを…処分、しようと…思って…」
いらないもの。
まるで当たり前のように、女が自らをしてそう称したからだ。
「何、」
「…」
問い返そうとして、妻の瞳が再度伏せられているのが視界に入った。先程のやり取り自体、白昼夢か何かでは無かったのか。或いは今ので力尽きたか。思い至った考えにぞっとして、下げていた手を妻の口元に持って行く。呼吸は、ある。ただ眠りについたのだとわかった瞬間、出たのは溜め息だった。ふと気付くと、妻の口元に翳していた手が震えている。…何を、動揺している。
(…動揺?)
…して、いるのか。何に対して、しているんだ。いや、わかっている。私は、動揺したのだ。これが、いなくなることに。
(…何故だ。)
これは、私のものだ。私を写す、鏡像だ。それ以上でも、それ以下でもない。そうだろう?
私が心動かされるのは、私の心に居座るのは。今も昔もたった一人だけだ。私が心を許したのは、私が…愛しているのは、たった一人だ。
私の生は、私の死は、彼女のためだけにある。私は彼女を断罪し死に追いやった全ての愚かな豚共に罰をくれてやるのだ。私が死ぬのは、それが成された後だ。私は生きている限り、彼女の為に生きるのだ。だから、私の心は、今はいない彼女に預けた心は、他の何かに動かされる事は無い。
そんなこと、ありえない。
これを、失うのが、恐ろしいなどと。
「…有り得ぬ、ことだ…」
それならば何故私は、こうも安堵し、こうも恐怖しているのだろうか。
全ての答えは、妻が持っているように思えた。再度眠りに落ち、動かなくなったこの女が。全てを知っているのは、全てを握っているのは、この女なのだと思った。だから、待つのだ。これが、再度私をその瞳に写す瞬間を。私が今感じているものは、気のせいなのだ。有り得ない事なのだと、確信を持つために待つのだ。全ては、この女が知る答えなのだから。
妻の覚醒を待つその時の私には、失念していたことがある。妻は、私の鏡像だ。私自身を写す鏡だ。
ならば、妻が答えの半身を持っているのならば、もう半分の答えを持っているのは―――、
end?