舌は単純に味覚を感じる器官だと、そう思ってて。
役割として、それは今でも変わらないと思ってるけど。
「・・・・っ、ん」
湿った唇の間から、抜けた自分の声が妙に甘ったるい。
それもこれも、口内で蠢く舌のせいだ。
動きは的確で、意図的で、我が物顔で。
まるでフィールドで自在にボールを支配されているような、僕だけボールが回ってこない状態の様な、一方的に不利な状態の様な・・・・はっきり言って面白くない。
だから、自分の舌の役割を少し変更して、肖の動きに合わせるように絡ませてみた。
一端、弾かれたように唇を離して、僕を見るから、ちょっと愉快になってニッコリと笑ってみたら
「・・・・・面白いね、岬。」
って言って、綺麗に笑って、また再開しはじめた。
それは一段と深くて、激しいもの。
僕がついていける筈もなくて・・・・・それでもいいやって思える自分がやっぱり、ちょっと面白くなかった。
※肖独白/偽者注意
君の背中が案外頼りなさそうに揺れる瞬間が多い事を、どれだけの人が知ってるんだろうか。
もしも、もしもだけれど
例えば君の歩んできた道が凡庸なものであったなら、
例えば俺の歩んできた道も凡庸であったなら、
君のその弱さや、心の奧に巧妙に隠した君の笑顔と正反対のモノに誰か気付けただろうか?
とても滑稽で、都合のいい話だ。
たまたま、たまたまであるけれど
例えば俺と君が友人関係になったとして、
例えば何気ない日常の会話や、子供から大人の移り変わる時期をそれなりの悩みなりを相談しながら暮らす毎日を送ったとして、
俺は君に興味を持っただろうか?
まぁ、そもそも本来、素直で真っ直ぐであるはずの君がそんな道を歩んでいたなら、今の君が育つとは思えないけどね。君を形成しているものは間違いなく、君が歩んできた道が凡庸とは言えないものだからこそだろうと思っているし、だたそれを殊更、過酷だったとは思わない。不慮の事故も、奪われた時間も経験も、それは誰にでも起こりうる事象で 、乗り越えるべきものだから。でも、例え話の様な環境であったなら、君は人にその頼りなげな背中を見せることは無かっただろうね。
何が言いたいかって――
俺は自分が極端な実力主義であると知っているし、結果が全てであるという、今いる世界をとても好んでいるよ。
そんな俺が例え話まで持ち出して、こんな回りくどい話をするのは、そう――
君の脆弱を俺だけが知っているわけではないという事実だ。
叱責も、激励も、俺だけの特権ではないという月並みな安い感情だ。
囁く愛の言葉さえ、君が魅了する数千、数万の人々が口にするそれと、一体どれ程の違いがあるのだろうね。
――変な話だね。
そう君は笑うだろう。
君から言わせれば、或いは俺の方が、もっと多くのファンを魅了しているじゃないか、なんて言うかもしれない。
君は少し拗ねたような、少し幼い表情を覗かせて、俺とのやりとりをなんでも無いことのようにするだろうね。
そう、それだけが、俺に与えられた君との特別なんだ。
だから些細なタチの悪い俺の冗談を今日も許して、そして笑って。
エンド
2日遅れの誕生日文。
「なにもあげられない。」
――一生懸命考えたけど、僕には君の喜ぶものが思いつかなかったんだ。
と言う君はずるい。
覚えてくれているだけで、俺はもう嬉しくて舞い上がってしまっているのにね。
いらないって言う台詞は白々しすぎて言えない。だって君がここにいることが与えられている全てだけれど、いなければ俺は特別な日に何も与えられなかったと嘆くだろうから。別に無欲なわけではないと思っているから。むしろ、充分過ぎるほど貪欲で、本能的であると理解しているから。
だから、その俺を存在自体でこんなにも満たす君は俺にとってとても大切な存在なんだけど…きっと君は分かってないんだろうなぁ。
「ごめん・・・・シュナイダーに聞いても、レヴィンに聞いても、「あいつは謎」って言うしさ。」
「聞いたの??」
「・・・・一応ね。」
無駄足だった。と珍しく肩を竦めてため息をつく岬はきっとあること無いこと吹き込まれたのかもしれない。
慣れない土地で、やれるだけやってみたって所なんだろうけど…相手が悪い。面白そうにさも真実の様に吹聴するレヴィンや無表情にもっともらしい間違えを吐くだろうシュナイダーの顔がよぎって、思わずため息をかぶせた。
ピクリと跳ねる肩。
申し訳なさそうにハの字に曲がる眉。
快闊な瞳も今は情けなく光を失ってる。
完璧な勘違いだ。君に対してのため息なんて、君がサッカーという魔物に横取りされた時しか出ないのに。もっともその時俺も同じ魔物に取り憑かれているから、それすら危うい。
そんな顔をして欲しい訳ではないんだけど・・・・一応、俺の誕生日だし。
でもきっと君は納得しないだろうから。
俺はそれを無理に納得させようとするほど人も良くないから。
「岬、今日一日俺のいうこと何でも聞いて。」
「・・・・・とんでもないこと言われそうな気がするんだけど。」
「そりゃ、プレゼントもない寂しさからちょっと心が乱れて、ちょっといつもより特別な事を言うかも知れない。」
「・・・・・解った。」
もっと俺に君を頂戴。
エンド
複雑なものは好まない。関わるのが面倒だから。人から、どのように見えているか、俺なりに把握している。それは、とても複雑で扱いにくく掴み所がないらしい。把握は理解はイコールではない。即ち、この評価に理解は出来なかった。俺からすれば、俺ほど単純な人間は居ないだろう、俺ほど扱いやすい人間は居ないだろう――そう、思うのにな。
俺の行動は至って単純で、呆れるくらい本能的だ。力のあるものを好む、美しいものん好む。力のあるものに美しさを見い出し、美しいものが独特の力を持っているのも知っている。だから一方さえ俺を満たせば、俺は従順な猫ともなろうし、手に入れる為には獰猛な虎ともなりうる――これほど明解な人間を俺は知らない。
君は全て知っている。
それなのに、単純過ぎて複雑だと言う。
それなのに、従順すぎて怖いと言う。
それなのに、全てを知っても解らないと言う。
そんな時に一瞬、見せる弱さに俺は美しさを見る。無力さを全面に押し出した君に。俺は君の力を知っている、それはとても美しい。俺は君の美しさを知っている、それはとても力強い。それでも君が見せる隙の様な弱さが、俺は欲しいと思うんだよ。一体なんの喜劇だ、これは。君のせいで単純だった俺は複雑な人間に様変わりしてしまうんだ。まるで周りの人間のソレのように。
複雑なものは好まない。しかし、それすら許せる感情がなんであるか、俺は知っている。
「愛してるよ、岬。」
「・・・・・言い過ぎ、減るよ。」
「減らないから安心して。愛してるよ、岬。」
「・・・・・降参だよ。減らないけど、なんか・・・」
「照れる?」
「うん、ちょっと痒い。」
「酷いな。でも、愛してるよ。」
――せめて、愛だけは
単純に伝えよう。
end
激情のまま、動くもんじゃない。芝を叩いた右手が微かに痛んで、そう思えた。響かない湿った土もやわらかく見えて実は芯は堅い。当たり前といえば当たり前。
少しだけ違和感を感じる右足に「限界か」という思考が、息を吸うほど自然に頭をかすめた。
すぐ、それに後悔が湧いた。十分走り回った記憶はある。普段だったら上々だ、そのくらいには十分走った。
それでも、ご丁寧にも容赦なく削ってくれた相手は今も軽やかに、いっそ奇麗にリスタートしている。
洩れる舌打ちに素早く起こそうとする身は限りなく重い。短く蹴り上げた土はやっぱり固く、行った行為の馬鹿さ加減にうんざりする。それは美的な感覚のかけらも、合理性もない行動。
(変わるよね、)
(そう?)
(全く、別人だよ)
悔しい程、見る間に遠ざかる背中に今は不要な会話を思い出す。
ああ、集中が切れている。脳裏に浮かぶのは似つかわしくない甘いものばかり。
(嫌い?)
(まさか、どっちも肖だよ)
(それだけ?)
(ずるい聞き方するなぁ――・・・・・)
つい最近交わした会話。蘇る笑顔は可愛くて、今、厳しく当たって来た姿からは想像出来ない。
(すごい贅沢してるって思うよ)
(だってどっちの肖も)
―(僕だけが、知ってる)
(それは、そのまま俺に取って変わる言葉だって、君は気付いてる?)
切らしている集中なんてない筈だ。贅沢な時間を可能な限り、味わえるのは今も同じ――現金にも少し軽く感じる体を、ピッチに投げだした。
end