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森崎岬


泣いている――そう思ったのはただの錯覚かもしれなかった。


恋人を慰めたいと思うのは、人間の当然の摂理である。そう森崎は思ってるし、当然それは森崎自身の独自の理論ではなく一般論であると思っている。しかし、その「一般論」の難しさを、痛感していた。それは森崎と恋人の関係が大凡のそれとかけ離れていることにも起因していると言える。

森崎の恋人、つまり岬太郎は同性という点のみならずある条件下では気持ちを同じくする同士であり、また競り勝たなければいけない厄介な相手であり、私生活の重要なポジションだけではなく、様々な役割を担っており、一般のそれとは少々というか大分その領域を越えていた。


だから、いま現在、いつも絶やすことのない柔らかな雰囲気を削ぎ落とし、ただうなだれる姿をただ見守る事しか出来ていない。


夕暮れも押し迫ったグラウンド。
居残り練習の者も、ダラダラと緑の芝から離れがたいだけの者もとっくに引き払っていて、あるのは数個転がったボールと全てを拒否するような後ろ姿と....それを見つめる森崎。


解っているのだ、森崎にも。とうに帰って行ったメンバーが冷たいだけで岬を置いていったりしてない事は。これは岬が自身との闘いであると言うことも。

それでも....未練がましくその後ろ姿を見つめる自分。


さんざんな試合だった。
それは岬一人がどうと言う訳ではなかった。
元々チームプレーなのだし、一人が気合いを入れたところで一時的に何かは変わるけれど、圧倒的な差や勝負の運は変化しやしない。


でも愛しく強いこの恋人はチームの中心として己を責めている。
練習では変わらず柔らかい雰囲気を見せながらも、人気のなくなったこの場所で、自分の力の無さを責めている。


これは自分で見切りを付けなければいけない闘いであり、ある種のあきらめの作業だ。だからこそ誰も声を掛けないし、誰も慰めない。

それでもと見つめる後ろ姿。

気にするな、悪くない、次頑張ろう…
好きだ、愛してる・・・・


森崎の中で月並みで交錯する二つの感情の言葉が次々浮かんでは消えることの何と情けないことだろうか。のばし掛けた手はとっくに宙をひと撫でして、身体の脇に収まって、握りしめた拳だけ軋むほど強くなった。


ボールを蹴る音と、時折聞こえる息づかい。


静かに闘う恋人の後ろ姿は、森崎には泣いているように見えた――そう思ったのはあるいは森崎の錯覚かも知れなかったが、一般的でない関係で、慰めのみを優先できない関係で、残して去る事がチームメイトとしての正解だとしても、――岬が闘いを終えたとき、一番に抱き留めてやりたかった。


人気のないグラウンドが灯りを必要とする頃、印象よりやや低めの声で「ありがとう」と呟く声に、森崎はその肩をそっと抱き寄せた。



エンド


コジ岬






「ふざけるな!!」

長い付き合いでも聞いたことのなかった罵声に驚く間もなく与えられた衝撃はかなりのものだった。
重いパンチにみっともなくも、派手な音を立てて身体が傾く。沈んだまま岬を見れば、ぼろぼろ泣きながら睨み付ける瞳にぶち当たった。
殴った方が痛いとかそんな理論か…
最初に頭に浮かんだのはそのくらいで、感情むき出しな相手を前に、自分の感覚がまるで他人事のように麻痺してるのが解った。
麻痺したついでに、泣いてても可愛いなとか。違う一面が発見できたとかそんなことをまで頭に浮かぶ。本当、どうしようもない。


「…わるい。」


泣かせてるのは紛れもなく俺で。殴らせたのも俺。

もともとさして鋭敏ではない感情が麻痺してる状態で、事実のみで判断だけして、形で謝罪する。

「ちがっ、ごめんっ…」


誠意の欠片もない謝罪にビクリと大袈裟なくらい震える肩。まるで殴られたように、それか大事な試合で誰もフォロー仕様のないミスでもしたかのような絶望的な顔で。

フォローしようのないミスがあっても、俺はお前の味方だけどな。

散漫になった思考は逃避癖があるようだ。と頭を振って現実に思考を戻す。振った振動で殴られた頬が少し痛んだ。何か言い足りない相手を目で促す。口を開けば余計な事しか今は出なさそうだ。

「悔しかった…。僕は、僕は…」
−−−小次郎を友人だと思ってた、心の底から。


口に出したのか、はたまた俺の罪悪感からくる幻聴か。

「それでも、俺は言わずにいられなかった。」

お前が悲しむのも嘆くのも理解して。
消え入るような涙声で紡がれたその台詞に、殴られた頬より、胸の辺りが音を立てて傷むのを、言いようのない感情が俺を飲み込むのを、感じた。




◆友情になくて、愛情にあるもの。

ズビロ3



「・・・・・いやな予感がすんだ、俺」
「なんかあったっけ?」
「さぁな、悪いもんくったんじゃねぇか。」
「ちげぇーよ。失敬だな、お前。失敬だよ、お前、ハゲ」
「妙に丁寧にいってんじゃねぇぇよ。」
「まぁ、失敬なのはいつもじゃない。・・・・・で、浦辺君なんの予感するのさ」
「・・・・・実は岬が一番失敬な奴だよな。」
「きたきたきたきたきたきたきたぁぁぁぁぁ!!!」
「「うわっ、なに!?!?」」
「驚いてる場合じゃねぇ、お前ら臨戦態勢とっときやがれぇぇ!!」
「なんだよって....うわぁぁ、ゴキかよっ」
「ゴキブリ??」
「うわっ、岬、お前よく名前口にできんな!!こんの非国民がッ!!!!」
「ええええ!?非国民関係なくない?」
「落ち着いてつっこんでんじゃねぇよ!!」
「落ち着けよ!浦辺!!確かに俺も苦手だけどよ」
「落ち着いてられっか、こいつら飛ぶんだぞ!!!!」
「って、一匹だけだよ。」
「一匹いたら10匹いると思えは常識だろーーーが!!バカ岬!!!」
「うわっ、こっち来た。浦辺なんとかしろ!!」
「お前が何とかしろ、ハゲ」
「苦手ならお前が処理しろ、アホ辺!!」
「お前がやれ」
「断る!!」
――しゅぅぅーーー
「「ちょっ、岬!!」」
「えっ?・・・あっ、僕、いろんなとこで生活長かったでしょ。結構、大丈夫だよ。」
「・・・・お前、すげーな。」
「今まで一番、お前が頼もしく見えてるかもしれねぇ」
「・・・・・それ、僕誉められてるのかな?」


岬の部屋@井川ver.




「と、言うわけで・・・・ってどういう訳だろうね?」
「知らねぇよ。俺、慣れてねぇし、お前がしっかりしろよ。」
「確かに、井川って言葉で表現することあまり無いよね。」
「・・・・・苦手なんだよ、悪かったな。」
「でも、来てくれたんだよね、ありがとう。」
「まぁ、他の取材とかより…マシ。」
「あははは、正直だね。という訳で、今日は井川選手です。」
「・・・・・ドーモ」
「話、苦手って言うけど、合宿では結構話したよね。」
「森崎と曽我のがうるさかっただろ。」
「君も充分だと思うけど」
「そんなら岬だってうるさかったぜ」
「僕、話、苦手って言ってないし」
「・・・・・お前、俺に対して結構言うよな。」
「そうかな・・・・?」
「合宿中、曽我もうるせぇーけど、お前も相当だったぜ」
「そうそう、合宿で仲良くなったんだよね。森崎君と4人で結構いたよね。」
「あー、まぁな。俺、新参者だったし、お前らが面倒見てくれたって事になるのか?」
「顔に不本意って書いてあるよ。」
「イヤ、感謝シテルゼ」
「別に僕は楽しかったからだけだから。でも、結構4人で仲が良かったって知ってる人多いらしくて。」
「へぇ、マメだな。」
「マメって表現あってるの?」
「しらねぇーよ」
「まぁ、海外長い井川の日本語はおいといて」
「お前さぁ…まぁ、いいや。で?」
「・・・・で、何回か聞かれるって言うか、お願いされるんだ。」
「・・・・・なにを?」
「『井川選手を是非チームにスカウトして』ってファンの人に」
「は?」
「注目されてるって事だよね。しかも、みんなプレーをみて井川を評価してくれてるって事だよね。それって嬉しい。」
「・・・・・・・」
「あっ、照れてる。」
「うっさい、大体なんで岬が嬉しいんだよ。」
「代表って枠だけどチームメイトが正当に評価されるって嬉しいでしょ。」
「そんなもんかねぇ」
「そんなもんだよ」
「あー、そう。ってやっぱりこういう場、苦手だ。」
「顔、ますます赤いね。」
「もう、やめろって。」
「ハイハイ、このままだと多分井川選手が熱だしちゃいそうなので、終わります。これからも井川選手の応援宜しくお願いします。」
「だから、なんで岬が・・・・」
「あははは」

肖岬


舌は単純に味覚を感じる器官だと、そう思ってて。

役割として、それは今でも変わらないと思ってるけど。

「・・・・っ、ん」

湿った唇の間から、抜けた自分の声が妙に甘ったるい。
それもこれも、口内で蠢く舌のせいだ。
動きは的確で、意図的で、我が物顔で。


まるでフィールドで自在にボールを支配されているような、僕だけボールが回ってこない状態の様な、一方的に不利な状態の様な・・・・はっきり言って面白くない。


だから、自分の舌の役割を少し変更して、肖の動きに合わせるように絡ませてみた。

一端、弾かれたように唇を離して、僕を見るから、ちょっと愉快になってニッコリと笑ってみたら


「・・・・・面白いね、岬。」

って言って、綺麗に笑って、また再開しはじめた。
それは一段と深くて、激しいもの。


僕がついていける筈もなくて・・・・・それでもいいやって思える自分がやっぱり、ちょっと面白くなかった。


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