引き際だ。そう思った。

 就職活動は上手くいっているようで、二次試験がもうすぐあるのだと聞いた。このままなら次の四月には、彼も社会人の一人として世に出ていく事になるだろう。
 ずっと遠い現実のように感じていた。しかしそれはすぐそこまで迫っているのだと、漸く気付いた。

 社会人と言うものがどう言うものかなんてまだ知らない。ただ、知らなくても想像してみる事くらいはできる。
 例えば父親の姿。共に過ごす時間は多くない。きっと、それと大差ないはずだ。

 今までも過ごす時間の違いには気付いていた。
 これ以上の違いがあったとして、オレはやっていけるんだろうか。ずっと繰り返してきた質問を自分に投げかけてみる。
 昔ならやってみせると言えた気がする。しかし今のオレには、答える事が出来なかった。

「イッキさんも、もうすぐ社会人か……」
 しみじみ呟いて見せると、失敗しなければね、と返事があった。
 さりげなく顔色を覗う。
 不安より楽しみの方が大きいのだろうか。にっこりと笑っているのが見えた。

 遠い姿を見ているような寂しさを感じて目を逸らす。
 オレにはどうしているのかまでは見えないけれど、彼はもっと遠くを見ている。そんな気がした。
 そしていつの間にかその姿さえ見失ってしまうのかもしれない。そうなれば、オレは独りだ。
 きっと、このまま追い続けていても傷付くだけなのだろう。だったら、追うのをやめるべきだ。

 引き際なのかもしれない。胸の内で繰り返す。
 世界が、滲んで見えなくなった。