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跡地
散文をまとめて支部にでもぶん投げようかと思ったんですがやる気配がないので公開しときます。
※字下げしたりしなかったり超適当。
世の中の流れには疎い方だと思う。
それでも何となくチョコレートに関するものを見れば思い出す。
CMやポスターが目に入るからだろうか。それとも意中の人がいるからだろうか。
バレンタインが近いのだと思う度に、どうでも良いような考え事をする。
いつものようにコンビニへ寄り、欲しいものもないのに店内をうろつく。
おやつでも買って帰ろうかとお菓子売り場を見れば目に飛び込んでくるのはバレンタイン販促用の大きなボード。対象商品を二つ買うと簡素なストラップが貰えるようだ。
こんな物、誰が欲しがるんだろう。少なくとも自分はいらないなんて事を考えながらそれをスルーして駄菓子エリアを見やると、小さな四角い菓子に目がいった。
一個20円のチョコレート菓子、ピロリチョコだ。
このくらいなら渡しても変に思われないかもしれない。
何を馬鹿な事を。
気持ちが伝わらねば意味がないイベントじゃないか。
別に伝わらなくったって。
一気に思考が駆け巡り、そして止まる。
スイカ味でしかもなんと種入り、明らかに売れ残りと分かる夏のテイスト。
とりあえず買っていこう。誰かに渡すとか、そういう事ではなくて。
ただ興味があったから買おう。他意はないけれど、二つほど。
ピロリチョコを二つ取り、そのままレジに向かう。
「これ、お願いします」
「やぁアズマくん。これ、本当に買うの?」
出されたものを見て、イッキさんは顔をしかめた。
「不味いんですか?」
「知らないけど、何か不味そうじゃん」
チョコをレジに通し、合計金額が画面に表示される。二つで40円だ。
「じゃあ、あの、一つは、これ、イッキさんに、ど、ど、どうぞ」
「えっ」
口をついて出た言葉に自分でも驚いたが、イッキさんはもっと驚いて言葉もないと言う様子だ。
レジ台に並んだ二つのうち一つを差し出すと困った様に微笑まれた。物を渡された事自体への戸惑いか、不味そうなものを押し付けられた為なのかは分からなかった。
「ごめん、何かありがとう。勇気が出たら食べてみるよ」
何だか思考は滅茶苦茶で心臓も爆発しそうだしどうしたら良いか分からなくなってくる。取り返しのつかない事をしてしまったような、これで良かったような。
「そうだ、これ入れておくから良かったら後で見て」
何とか財布から十円玉を四枚取り出すと小さく畳まれた紙をチョコと一緒にレジ袋へ入れるところだった。
え?何?
どういう事?
頭の中が更にぐちゃぐちゃになっていく。レジ袋を断るの忘れたとかどうでもいい事が思い浮かんだ。
ひったくるようにして袋を受け取ると、まともな思考を取り戻す間もないくらいに急いで走って帰った。背中に「丁度だね、ありがとうございました」と言う声が投げかけられた気がする。気のせいかもしれない。そのくらい、思考は滅茶苦茶だった。
帰宅すると真っ先に袋の中の紙を取り出した。ドキドキしながら開くと、ただの恵方巻きの予約用チラシだった。
ため息をつき、袋をひっくり返す。ころんと転がるチョコの包装をはがすと口に放り込んだ。とろけるスイカ味のチョコレートと噛んで割れた種の混ざり合わない最低なハーモニー。
売れ残りの理由は言うまでもない。
馬鹿だなぁ。
何に対してでもなく、妙に落ち着いた思考の中でそう思った。
「もう逃げ場はないぞ!レトルト!」
レトルトを追い、部屋に飛び込んだアズマは叫んだ。
古い工場跡の一室。そこは出入り口はただ一つしかなく、窓を破ろうにも埃を被った機材が窓際に並べられており通れるような状態ではない。脱出するには、入ってきた扉を通るしかない。
そこを塞ぐようにアズマが立ちはだかる。
レトルトはゆらりと立ち直すと、ポケットから何かを取り出した。
メダロットを呼び出すつもりか。
対抗すべくスマホを構えると同時にレトルトの手が動く。ポケットから出した物を投げたのだと理解した時には既に遅く、床に当たって甲高い音を立て転がると煙を上げ始めた。
これでは姿が見えない。革靴が床を叩く音が急激に近づく。とにかく扉を守らねば。
相棒を呼びだそうと口を開く。しかしそこから声が出る事はなかった。
胸に圧迫を感じたかと思えば背中に衝撃が走る。
「ぐっ」
胸倉を掴まれ扉に背中を打ち付けられたらしかった。
目前に迫る仮面を漸く視界に捉える。腕を伸ばそうともがくも届く前に床へと薙ぎ払われた。肩を強かに打ち付け、痛みに呻く。
「ごめん、捕まる訳にはいかないんだ」
声が聞こえるも、痛みに気を取られアズマには何と言ったのか頭が理解できない状態だった。
一呼吸置いてハッとし、すぐに顔を上げるがレトルトの姿はとっくに消えた後だった。
*****
アズマがふらりと店に入ると店員が駆け寄ってきた。それがイッキであると分かり、アズマは力なく笑った。
「イッキさん、こんにちは」
「ど、どうしたの」
「これですか?」
頬のガーゼを指さすとイッキは頷く。
「転んだ時に擦ったみたいで……と言うか最近レトルトを追っていて、昨日はとうとう追い詰めたんですけど結局逃げられました。その時の傷みたいです」
そこまで言うとアズマは深いため息を吐いた。
話を聞くイッキはやけに深刻そうな表情をしている気がしたが、疲れ切ったアズマにはどうでも良い事だった。
「うん、何か、ごめん」
「何でイッキさんが謝るんですか。と言うか、これは別に全然大した事ないんですけどね。レトルトを追ってたのがバレて母さんにすんごい怒られた方がつらかったです」
「そっか、それは大変だったね。……でも、やっぱりあんまり危ない事はしない方が良いんじゃないかな」
「イッキさんまでそんな事言うんですね」
うんざりと言うように肩を落とすとイッキは慌てて首を振る。
「いや、あの、ごめん」
「だから何でイッキさんが謝るんですか。でも、確かに夢中過ぎて気付かなかったけど、無茶しすぎたなとは思います」
そう言えば、ごく最近誰かにも謝られた気がするとアズマは思った。それが誰だったのかまでは思い浮かばなかったのでそれ以上は考えなかった。
「まぁ、」
言いながらアズマが顔を上げる。
「次はもう少し上手くやります」
拳を握り締めてニッと笑うと、イッキは困ったような笑みを浮かべた。
雪が降り積もっている。
誰だって夢を見る事はあるだろう。
しかしそれを夢だと自覚する事は稀ではないかと思う。
オレは今、その稀な状態にあるのかもしれない。
何故ならオレの目の前に、アマクラアズマとしか言いようのない人物が居るからだ。
勿論、鏡などそこにはない。どう見てもアマクラアズマはそこに存在している。
これは夢だ。そうとしか思えなかった。
しかし、意外にも頬を抓るとそこに痛みはあった。夢ならば痛みなどないはずだ。これはどう言う事なのか。
オレはアマクラアズマではなかったのだろうか。そんな疑問が湧いて出てくる。
思わず頭に手をやればそこにはいつものバイザーの感触。手に取ると、思った通りのそれがあった。
目の前のアマクラアズマも、変な顔をしながら同じような事をしている。それがまた鏡かと言う錯覚を起こしそうになるが、ある事に気付いた。
アマクラアズマの持っているバイザーと、オレの持っているバイザーはデザインが違う。アマクラアズマのバイザーはブルーの透ける鍔が特徴的だ。オレのバイザーは、全体が全て同じ素材で出来ている。
ならば、きっとアレだ。アレに違いない。
他人の空似。彼はアマクラアズマではないのだ。
あまりにもそっくりだから驚いたが、そう言う事ならばあり得ない話ではないだろう。
「君、名前は?」
折角だから、そっくりさんの名前を聞いておこうと思った。
そして、返ってきた答えに頭を抱えたのだった。
「アマクラアズマって言います。あなたは?」
なんてこったい!
「じゃあ、また明日」
そんな風に言われて店をあとにするのは習慣のようなものだった。いつものように帰路につくと、ため息が零れ出た。
今日も、言ってくれなかった。胸の内にあるのはそんな思いだ。
この所、気にしている事があった。
イッキさんが、近いうちに店を辞めてしまうらしい。そんな話を耳にしたからだ。
とにかく、ショックだった。コンビニに行けば会えるのが当たり前の事で、いつの間にかそれはずっと続くものだと思い込んでいた。会えなくなる未来など、考えた事もない。
そして、それはたまたま他の人が話しているのを聞いてしまったから分かった事であって、直接本人から聞いたのではない。
イッキさんとはそれなりに親しくしていた、と思っていた。だからそのうち本人からその話を聞く事になるだろうと思い、心の準備だけしていつも通り振舞っていた。
ところがどうだろう。イッキさんは一向にその話をしてくれないのだ。
聞いた話が事実なら、その日はすぐそばに迫っている。忘れているのか、言うほどでもない仲だったのか。どちらにしても悲しくなるような理由でしかない。それを認めたくなくて、自分の方から聞く事ができない。そのうち言ってくれるのではと言う考えが捨てきれない。
こんな事なら知ってすぐに聞いてしまえば良かった。そう思ったところで後の祭りだ。ため息をつくしかなかった。
翌日。
また明日と言う言葉通り、イッキさんを訪ねる。彼は相変わらずで、その話をしてくれる様子はなかった。
ああ、またこのまま帰るんだな。そう思うと何だか笑えてきた。
自分が何をしているのかよく分からない。どうしたいのかも。
「アズマくん、どうかしたの」
「どうしたもこうしたもありませんよ!」
突然笑い出した物だから、驚いたイッキさんは変な物を見るような目で俺を見た。
「辞めるなら辞めるって何で言ってくれないんですか!イッキさんがそれさえ言ってくれたら俺はこんな馬鹿げた事しなくても良いんですよ!」
そこから先は自分でも何を言っているのかよく分からなかった。それでも、溜まった不満は堰を切ったように次から次へと流れ出た。
ぽかんとして聞いていたイッキさんも徐々に何の事を言われているのか分かってきたらしく、途中からはうんうんと頷いていた。
「残念だなぁ、バレてたのかぁ」
一通り聞き終え、のんびりとした口調でイッキさんが呟く。
残念ってどういう意味だ、と食いつく前にイッキさんは続けた。
「実はね、店は辞めるんだ」
「知ってますよ!!大分前から!」
「アズマくんに言わなかったのは理由があって、次の仕事場でビックリさせようかと思ってたんだよ。君はよく研究所に遊びに行くだろう?」
「確かに行きますけど、それが……」
それが、どうかしたのか。
そう言いかけて、やめた。どう言う事なのか分かってしまったのだ。
「研究所に来たアズマくんと鉢合わせてビックリ!とか面白いかなって」
「多分そんなビックリしないと思う、と言うか!面白いって理由で振り回された、俺の張り裂けるような思いって一体何だったんだ……」
イッキさんはちょっとした遊び心くらいのつもりだったのだろう。あまりのくだらなさに思わず脱力してしまう。
ふらふらっと外へ向かうと背中に声がかかる。
「アズマくーん、ごめんねー。怒ってる?」
振り返り、首を横に振る。それを見てイッキさんは少し安心したような表情を見せた。
「帰るの?」
「帰ります。研究所に寄って、博士にイッキさんがボロ雑巾になるまで働きたいって言ってるって伝えてから」
「お、怒ってる!!ヤメテ!!!」
一転して焦りの表情を見せるイッキさん。そして引き留めるつもりだったのかカウンターから出てこようとして、スイングドアに引っかかっている。ちょっと間抜けなその姿はもう少し見ていたかったが、その隙に俺は店を出た。
悩んだ分の仕返しをしてやろうと思えば、今まで重かった帰路の足取りは嘘のように軽やかだった。
それは、いつものように店を訪れた時のこと。
ふと、何でもない事のように。
好意を寄せられている事には気付いていた。