「あれぇ?」
横手から聞こえてきた声に振り向く。ドアに預けていた背を持ち上げると待ち焦がれた姿を見つけた。
漸く待ち人が現れたと安心したのも束の間。
「え、酔ってる」
締まらない顔はほのかに赤く、明らかに飲んできたと言う風だった。
滅多な事では怒らないオレもこれには流石に苛立ちを覚えた。
「今日、約束してたの忘れたでしょ」
「えー?明日じゃなかったっけ?」
首を大きく傾げる姿は酔っ払いその物で、更にむかむかしてくる。
もともといい加減な所があるとは思っていたが、まさか約束の日を間違えるとは思っていなかった。二ヶ月前にとりつけた約束とは言え、間違えるなんてどうかしてる。
「あ、中入る?」
目の前を通り過ぎ、先程まで背を預けていたドアの前までやってくると酔っ払いがそう聞いた。
できれば一時間前の待ち合わせ時刻に聞きたい台詞だった。

玄関に靴が乱雑に脱ぎ棄てられる。それを綺麗に整列させてから自分の靴を脱いだ。
ふらりと先へ進む背中を追って中へ入る。何か思い出したように急に立ち止まるので思わずオレも止まった。くるりとこちらを向くと、二歩ほどの距離を詰められた。
「ごめんねぇ」
腕が背に回る。そのまま体重をかけられて思わず呻いた。
「え、ちょ、無理、倒れる」
一度傾くと元に戻れないまま床に吸い込まれていく姿を夜の街で見た事がある。何となく、それを思い出した。オレ達の体も、それと同じように床に吸い込まれるしかなかった。
衝撃を減らすようにと努力すると自然とオレが下になっていた。無防備に伸しかかる体重はそれなりで身動きが取れない。
「ごめんね。そんな怒っちゃイヤ」
「かわい子ぶっても許しませんよ」