来店のベルを響かせて入ってきた少年と、目が合った。
 それはよく見知った少年だった。店にやってきたのは一週間振りくらいだろうか。
 いつものような元気な挨拶もなく、落ち着かない様子で目を逸らされた。そして足早に店の奥へと進んでいく彼の姿は棚に隠れ、すぐに見えなくなる。
 それは予め決めていた動作だったのか、声をかける間もなかった。

「はぁ……」

 自然と溜息が出た。
 彼が姿を見せない間、次に会った時に何て声を掛けようかずっと考えていたのだ。どうやらそれも無駄だったらしい。
 何故なら、こんなにもあからさまに避けられるだなんて思っていなかったからだ。

 時間は6時前と言った所。
おつかいだろうか。それならレジに来た時に一言くらいは声を掛けられるだろうか。しかし、そんな物思いも虚しく他のお客さんの会計をしている間に別のスタッフのレジで会計を済ませ、駆けて行ってしまった。

 喧嘩でもしたんですか。そう隣のレジから問われて曖昧に笑みを返した。
 喧嘩ならどんなに良いか、と思った。仲直りすれば元通りなのだから。
 残念ながら、事態はもっと複雑だった。


 それは一週間前、二人で話す時間が欲しい、と頼まれて近くの公園で会った時の事だ。
彼は少し躊躇った後、「今から少し変な事を言うけれど、絶対に笑わないで欲しい」と切り出した。

 笑うとか、笑わないとか、そんな話ではなく。

「好きなんです」

 告げられたのはたったその一言だった。


 * * * 


 まさか彼の口からそんな言葉が飛び出すとは思っていなかった。呆気にとられながらも頭の中を様々な憶測が飛び交った。
 彼は変な事を言っても笑わないで欲しいと言った。それは、馬鹿にしたりはぐらかしたりしないで欲しいと言う意味だとすぐに分かった。それは、つまり。
 言わんとしている事は何となく理解できた。ただ、聞き返す以外の言葉が見つからない。

「それはどう言う意味の?」

「あ、恋の方です」

 思い出したようにそう付け加えた声はしっかりしているのに、表情はとても硬かった。緊張がこちらにまで伝わる。
 彼は、驚くほど真剣だった。

 暫し押し黙ったままでいると彼が顔を上げた。
 返事がないのは駄目だからだと思ったのだろう。彼は硬い表情のまま笑っていた。いや、笑っているような表情を作っていた。
 唇の端を持ち上げただけの、無理に作った笑顔だと気付いたのは後になってからだ。

「笑わないでくれて良かったです」

 笑うだなんてとんでもなかった。
 彼とは店での付き合いしかないが親しくしており、勝手に友人の一人に数えていた。彼は違ったのだろうか。好意を寄せられる事よりも、そんな感覚が強かったからだ。

「オレは友達だと思っていたけど、アズマくんはそう思ってなかったって事……?」

 気付くと、そんな言葉が口から零れ落ちていた。
 彼は弾かれたように数歩後退り、頭を下げた。

「ごめんなさい」

 何に対する謝罪なのか、聞く事は出来なかった。