何度も繰り返してきたはずだった。それでも、この瞬間ばかりは胸が弾んでしまう。
呼び鈴に手を伸ばす。人差し指が僅かに震えて、気持ちを落ち着けるために息を吐いた。顔を上げ、ひと思いに呼び鈴を鳴らす。
今日はバイトがないと聞いていた。課題が溜まっているから家にいるであろう事も併せて。
とはいえ、いないと言う事もあるかもしれない。いなかったらどうしようか。そんな事を考えながら反応を示さない扉をじっと見つめる。
少し間を開けて、漸く扉が開くいた。そこから、ひょいと家の主が顔をのぞかせる。
「やあ」
店で見るのとはまた違った、覇気のない声がオレを迎えた。



「オレんちなんて来て、楽しい?」
家に上がらせてもらうなり、そんな言葉を投げかけられた。
部屋の真ん中のテーブルにはノートやら文具やらが散乱してる。煮詰まっているであろう事が簡単に読み取れた。
「楽しいですよ。じゃなきゃ来ないです」
適当に答えるとイッキさんは納得できないのか、眉根を寄せたままそっけなく返事した。
楽しい、と言うのとは少し違うかも知れない。今はまだ、上手く言えそうにないからちゃんと答える事が出来ないけれど。
来て何をしているのかと言えば、特に何もないのだから。話をする事もあれば、殆ど話さない事もある。イッキさんが何かをしてるのであれば邪魔にならないようにしている。おかしいと思われているかもしれないが、オレはこれで満足していた。ただ一緒にいると言う事が嬉しいのだ。
「アズマくんって変だよね」
イッキさんがテーブル上のペンを転がした。
それが何に対しての言葉なのかは分からなかった。ただの店員でしかないはずのイッキさんに付き纏う事なのか。何もしない事が楽しいと答える事なのか。それとも、別の違った事に対してなのか。
別に変で構わないと思った。しかし、それを言うならイッキさんも同じだろう、とも。
いくらしつこくされたからって、家に入れる事はなかった。断りようはいくらでもあったし、今日だって家に入れないと言う選択肢はあったはずだ。こんな、訳の分からないオレを迎え入れるイッキさんだって客観的に見たら十分に変なはずだった。
「イッキさんだって」
そう言い返すとイッキさんは困ったように笑った。
「可愛くないなぁ。昔はもっと可愛かったのに」
「気のせいですよ」
しれっと言ってみせると、額を小突かれる。それは何でもない仕草だったのに、胸の奥がきゅっと締まったような気がして思わず俯いた。
何度繰り返しても、何気ない事がオレの胸を弾ませる。少し息苦しくもあるけれど、不快ではない。それどころか、心地良いとさえ感じる。
だから傍にいたいだなんて、今はまだ言えそうにもないけれど。