「イッキさんは好きな人っているんですか?」
 聞くべきか悩んでいたけれど、一度切りだしてしまえば言葉は滑らかに零れた。
 ちら、とイッキさんを見遣る。その表情を見て、後悔が胸をよぎった。
 いないのなら、すぐに返事があっても良いと思った。しかし返事はない。それは、つまり。
「どうなんですか」
 居た堪れなくて、答えをせっつく。イッキさんは曖昧な笑みを浮かべた。
「どうだろう……うん、いる、のかな」
 煮え切らない答えだった。どうして、自分の事なのにはっきりしないのか。それを問うと、イッキさんは腕を組んで暫し口を噤んだ。何か、考えているようだった。
「何て言うか、好きでいて良いのか分からないんだよね。好き、だと思うんだけど好意を口にしてはいけないんじゃないか、なんて」
 よく分からないよね。自信なさげな小さな声が耳に届いた。
 確かに分からない。でも、その戸惑いだけは俺にも覚えがある。
 今が、そう。イッキさんの事は好きだけれど、伝えても良いものだろうか。変な風に思われないだろうか。迷惑にはならないだろうか。不安はいくつかあって、でも諦める事ができないからこんな遠回しな事を聞いてみたりしている。
 きっと、軽々しく諦められないからイッキさんは曖昧な言い方をしているのかもしれない。俺と、同じように。
「言えないのは、言えないような相手だからですか」
 ほんの少し見えた期待を込めて、問う。
 イッキさんは表情を変えずに口を開いた。
「うん、まぁ、色々ね」
 そのまま視線が台を這っていた左手へと動いた。何を思ったのかは分からない。瞳は遠くを見ているようだった。