それは、突然の事だった。
何かおかしな事があった訳ではない。けれど急に腕を引かれ、奥(イッキさんはバックルーム、と呼んでいたような気がする)に連れてこられた。電気が点いていないため、中の様子は大きな棚と商品と思われるものが並んでいると言う事くらいしか分からない。
そして、状況を理解するより早く、押し倒された。
「もう、我慢ならないよ」
切実そうな声。辺りは薄暗く、表情は窺う事ができなかった。
床に打ちつけた背中が痛む。そんな事を気にする間もなく、首にひんやりとしたイッキさんの手が触れた。体が震えた気がした。床の冷たさを直接背中に感じている所為なのか、それとも……。
「ねぇ、もう良いかな」
何が、そう口にしようとしたが声が出なかった。それに気付いているのかいないのか、イッキさんはそのまま続けた。
「終わりに、しようか」
ぐ、っと首元を強く掴まれる。
「く、苦しいです……」
「オレ、言ったよね。何度も、何度も、言ったよね」
近づく、イッキさんの顔。薄暗い中でぼんやりと、その顔が映る。
イッキさんは、泣き出しそうな表情でこちらを見ていた。必死で息をしながら、その顔を見つめる。
「服を脱ぐのはやめてって、言ったよね……!」
「き、期待損!!!!!」
思わず言うと、首が更に締まった。
「ぐえ、し、しんじゃう」
「そのつもりでやってるからね。もう、こうするしかないと思うんだ」
「ひっ」
何がいけないのかよく分からない。でも、イッキさんは本気のような気がした。
つまり、オレは大好きなイッキさんに殺されようとしているのだ。それはそれでちょっと嬉しいような気がしなくもない。イッキさんは、絶対オレの事を忘れられなくなるからだ。
そんな事を考えているうちに意識が遠のく。イッキさんが最後に何か言っていたようだったけれど、聞き取れなかった。
……。
…………。
「……はっ!?」
目が覚めるとそこは見慣れた天井があった。自分の部屋、だ。
「夢?」
誰に言うでもなく呟くと、体を起してぼんやりと部屋を眺めた。
イッキさんに絞め殺されそうになった。生きている、と言う事は夢なのだろう。
そう納得して、布団を出た。
コンビニを覗くと、いつものように意中の人が働いていた。
今日はどうやって気を引こうか。とにかく、他の誰よりもオレの事を見てもらいたい。
そこまで考えて、この間見た夢を思い出した。記憶が曖昧ではあるが、何かを咎められたような気がする。何だったか思い出せない。けれど、とても大事な事のような……。
それが何だったのかは考えても分からない気がした。そんな事に時間を費やすくらいなら、少しでも多くイッキさんと一緒にいられる時間が欲しい。
とりあえず、今日は普通に行こう。そう決めて、足を進める。
オレに気付いたイッキさんが、ガラス越しに笑っていた。