ああ、そう言う事か。目の前の光景で漸く納得できた。
 視線の先には少年と少女の姿。少年の方はよく知っているが、少女の方は一度だけ言葉を交わした事があるだけだ。その一度がずっと気になっていたのだが。
 見つかると面倒になりそうだ。そう思い、気付かれる前にその場を後にした。


「イッキさん、こんにちは」
 いつものようにやってきた彼にいらっしゃい、と声をかける。
 一人だろうか。彼の近くを見回すけれど、他の人の姿はない。
「どうかしました?」
 訝しげに顔を覗き込まれて首を横に振る。
「いや、何でもないよ。アズマくん、一人かなと思って」
「?」
 変な顔をされて、曖昧に笑った。自分でもおかしな事を言っている、と思った。
 誰かと来るよりも一人で来る事が多い。他の人の姿を探すのは明らかにおかしな事だった。
「具合でも悪いんですか?」
「いや、全然」
「なら良いですけど……何か、変ですよ」
 気の所為だ。言おうとして、言えなかった。
 気付けば代わりにこんな事を言っていた。
「変なのはアズマくんの方じゃないか。あんな可愛い子いるのに」
 アズマくんは何の事か分からなくて、きょとんとしている。自分でも何を言っているのか分からなかった。
「ほら、眼鏡の」
 言いながら、記憶をたどる。
 貴方には負けませんよ。そう力強く言い放った姿が浮かんで、すぐに消えた。
 身近な所に想いを寄せる子がいるのに、どうしてオレなんだろう。ただの勘違いじゃないのか。きっと、いつか違ったと気付くはずだ。
 一度口にしてしまうと、そんな考えがどっと押し寄せた。巡る思考が、止まらない。
 目の前では漸く何を言っているのか理解したらしいアズマくんが首を横に振っていた。あの子は関係ない、とでも言いたげだった。
「馬鹿だね」
 思わず呟く。
 強く言い返されるかもしれないと思った。けれど、違った。
「馬鹿ですよ。どんなに考えても、イッキさんじゃなきゃ駄目なんだから」
 少しさびしげに笑って、アズマくんはそう言ったのだった。


 馬鹿なのは、自分の方だ。馬鹿だね。これは自分に向けた言葉だった。
 負けない、と言われた。それが誰に向けられたものか分かった途端にどうしようもなくなった。それがどういう事かなんて、考えるまでもない。まだ幼い子供に振り回される自分が、ただ馬鹿らしくて仕方なくて。