体を揺すられている。そう分かったのは瞼を持ち上げてから暫く経っての事だった。
 目の前を見つめる。部屋が暗い所為で誰なのかよく分からない。いや、頭が働いていないだけかもしれない。
 何度か瞬きしてみせる。自分を起こした相手は体を揺するために掴んだであろう肩から手を離した。
「おはようございます」
 聞き覚えのあるような声だった。低さはなかったけれど男のものだ、と何となく思えた。
 もう一度、瞬きする。漸く頭が働き始めたような気がした。
 ゆっくりと上体を起こし、彼を見据える。彼が微笑んだ気がした。
「朝食、作ったら食べますか」
 やっぱり、この声を知っている。でも、誰なのか分からない。朝食の事よりも、はっきりしないそれが気になって仕方なかった。
 どちらでも構わない。そんな意味を込めて曖昧に頷くと、彼は背中を向けてしまった。
 彼が一歩、踏み出そうとする。
「あ」
 思わず声が挙がった。この声の持ち主を思い出したような気がした。まだ頭の理解は追いついていないし、名前を呼ぶ事も出来ない。それでも彼は良く知った人物であると分かった、と思ったのだ。
 そして気付いた時には飛び起きていて、彼の手を掴んでいた。名前は、相変わらず出てこない。
 彼の背丈は自分より一回り程度小さいだろうか。そんな考えが浮かび、それに違和感を覚える。声を発する事も忘れて、彼の頭を見つめた。
 一呼吸置いて、彼が振り返る。風がひゅっと吹いてカーテンが揺れた。
 差し込む光。それが、彼の顔を一瞬だけ照らしていた。
「!」
「どうかしました?」
 思っているのよりもずっと近い顔の距離で、彼が首を傾げる。
 差した光はカーテンの合間を縫ってまた床を照らしている。本当に、見えたのは一瞬だった。けれど、彼の姿はしっかりと目に焼き付いていた。
 知っている姿と少し違うようだったが。それは、確かに。
 名前を呼ぼうと思った。呼べなかった。信じられなくて、ただ硬直していた。