それはいつも通りコンビニへ寄って、イッキさんとパーツのあれこれについて話していた時の事だった。
自動ドアの開く音と共に来客を知らせるピンポーンと言う音が店内に響いた。店員達がいらっしゃいませと声を発する。当然、イッキさんもそうする訳で。
何故か、イッキさんは出入り口へ顔を向けたまま固まっていた。視線の先を追うとそこには至って普通のスーツ姿の男性がいるだけだ。しかしイッキさんにとって、それは普通の客ではないようだ。
男は店内をぐるっと見まわし、その視線をイッキさんに向けるとにこりと笑った。屈託のない笑みだった。どうやら知り合いらしい事がすぐに分かる。男がこちらへ足を向けた。
「やあ、イッキくん」
「ひ、ヒカルさん……何でこんな所に」
「研究所に行く用事があってね。道を聞くついでに顔でも見ていこうと思って」
すぐ傍までやってくるとヒカルと呼ばれた男は足を止めた。背丈はイッキさんと同じくらいだろうか。しかし年はいくらか上のようだ。
「それなら連絡の一つも下さいよ。驚いたじゃないですか」
「ごめんごめん」
大分、親しそうだと思った。
何となくイッキさんのエプロンを引っ張る。するとそっぽを向いたままになっていた顔が漸くこっちに戻った。
「あ、話途中だったねアズマくん」
「いえ、良いんです」
ちら、と男を見やる。それですぐに意図を読み取ってくれた。
「ヒカルさんと言ってね、昔お世話?になってたんだ」
「どうして疑問形なんだい」
「何の事です?」
イッキさんはしれっと言って笑った。ヒカルさん、も困ったように笑う。
それに合わせるように立て続けにピンポーンと鳴り響いた。空はいつの間にか暗くなってきている。夕方はそれなりにお客さんが多いのだとイッキさんが言っていたのを思い出した。
「オレ、そろそろ帰りますね」
「もうそんな時間だっけ」
腕の時計を見て言う。丁度その時、レジの方からイッキさんを呼ぶ女の人の声がした。レジに、人が並び始めているようだ。
「今行きます」
イッキさんが答え、レジに向かおうとする。その背中にヒカルさんが声をかけた。
「道を聞きたかったんだけど」
振り返ったイッキさんは困ったように眉根を寄せた。
「ちょっと待っててもらえますか」
「あ、オレ案内しますよ。どうせ帰り道だし」
二人の視線がこちらに向く。それから二人はもう一度顔を見合わせ、一瞬の間の後イッキさんが「お願いするよ」とだけ言って駆けていった。
残されたヒカルさんをちらと見やる。ヒカルさんはにこ、と笑った。
「じゃあ頼むよ」
その言葉を合図に、歩き始めた。

店から出る際に会計の合間を縫ってイッキさんが声を掛けてくれた。
またねと言うオレへの言葉とヒカルさんへの言葉。する事がないと言えるほどの暇はないので来るなら連絡が欲しいと言うような内容だった。意図はよく分からないが、ヒカルさんは困ったように笑っていた。
二人の間では通じているのだと思うと、少し複雑な気持ちになった。

歩くオレのななめ後ろを、ヒカルさんがついてくる。公園の角に差し掛かったところで、ヒカルさんが声を発した。
「そうか、君がアズマくんか」
特に返事はしなかった。その「君」と言うのが何なのかよく分からなかったからだ。
名前が知れていない訳ではないのだと思う。しかし響きはもっと身近なものを指しているように聞こえた。それが不思議だった。イッキさんから何か聞いているのだろうか。
そんな事を考えていると思いもよらぬ一言に足が止まった。
「アズマくんてさ、イッキくんの事好きでしょ」
「え、え、なな、なんでそんな事……!」
ヒカルさんは二歩ほど先に進んで、こちらを振り返った。早く、と言われたような気がして、すぐに隣に並んだ。公園の入り口前の角を曲がるよう言って、歩みを進める。
「見ててすごく分かりやすかった。でも、肝心のイッキくんには気付いてもらえないんだろう?」
「どうしてそう言えるんです」
「昔からそう言う所あったからね」
全く以てその通りだった。結構アピールしているつもりなのだか、気付く様子が見られないのでどうしたものかと思っていた。
「べ、別に貴方には関係ないじゃないですか」
誰にどう思われても構わないとは思っているのだが、面と向かって言われると少し恥ずかしい。顔を背けるとくすくす笑うのが聞こえた。
「君、可愛いね」
からかわれているのだ、とすぐ分かった。けれど恥ずかしさは増すばかりで、少し歩くのを早めた。
研究所の入り口まであともう少しと言うところまで来ていた。多分、塀の向こうの様子にはもうヒカルさんも気付いているだろう。
「入り口はあっちです」
「うん。もう分かるから大丈夫」
初めに見せたのと同じ笑みを浮かべるヒカルさんが見れなくて、すぐに背中を向けた。
「オレ、こっちなんで」
「ありがとう。じゃあね」
気付けば日は大分落ちていた。暗くなった道を、街灯が照らしている。
早く帰ろう。そう思い数歩歩いた所で、独り言のような声が聞こえてきた。
「まぁ大丈夫じゃない?アズマくんの事、結構好きだと思うし」
遠くなる声ではあったが、確かに最後まで聞こえた。それはどう言う意味なのか、問おうとして振り返る。しかし、いつの間にかヒカルさんの姿は見えなくなっていた。消える訳がないのでまだその辺にいるのだろうが、暗い所為ではっきりとその姿をとらえる事はできなかった。

本当は、何も聞こえなかったに違いない。そう思いながら、家までのほんの少しの距離を駆けて帰った。
この頬が熱いのも、きっと気の所為なのだと言い聞かせながら。