※小ネタ。俺様気味のカカシ先輩と苦労性のヤマトさん。(勿論カカイル)
カカシ先輩に初めて家に招かれ彼の手料理をご馳走になった日は、一体この人に何が起きてしまったんだろうと思った。
彼は元暗部時代の先輩で、他里のビンゴブックに載るほどの人物だ。僕の最も尊敬する人でもある。ただし、忍びとしてという補足付きで。
暗部を脱退し、上忍師になってからの彼は少し…いや、かなり甘くなった。人としては良い事なのだろうが、僕にとっては、というか忍びとしての先輩を尊敬する立場としては心中複雑だ。
前述の件に話を戻すが、彼が僕を…厳密には、僕を含む新生七班を家に招いたのは、彼の体調が全快してすぐの頃だったと記憶している。
曰く、「俺が動けない間に迷惑かけちゃったお詫び」という事だった。
僕の知る限り、先輩は多少甘くなったとはいえおおよそそんな事を気に掛ける人では無かったし、まして手料理なんてものを他人に振舞う真似が出来る人だとは思っていなかった。
僕は表面上平静を装い、「それじゃあ、今晩お邪魔します。子ども達にもそう伝えておきますね」と答えた。
元々感情が豊かな方では無いが、今回はそれがかなり幸いしたなと思ったものだ。
七班の子ども達と共に訪れた先輩の家は、思ったよりも手狭のマンションだった。とはいえ、一人で住むには充分の部屋数は揃っているのだが。S級の任務を多数こなす上忍にしては、という意味だ。
そうそう、僕は先輩宅の玄関で早々に驚愕する羽目になった。扉を開き僕達を招き入れた先輩は、なんとエプロンを身に着けていたのだ。
ア ンダーの上に濃紺のエプロンだったため、目立たたないといえば目立たないのだが、カカシ先輩がエプロンというシチュエーションは衝撃に近かった。七班の一 人、サクラなんかは、カカシ先生エプロン似合うーと茶化しながら笑っていたのだが、僕にとっては似合うとか似合わないとかは全然まったくどうでも良い事 だった。
だって、元暗部だ。元暗部の最強クラスの上忍で次代の火影候補が、エプロン。エプロン!
もしかしてこれはカカシ先輩じゃないのかもしれない、などと軽いパニックに見舞われながらも、辛うじて平静を保った。
きっとこれも暗部時代の精神訓練の賜物だろう。
三人の子ども達をリビングに残し、キッチンに戻ったカカシ先輩の後ろ姿に声をかける。エプロンはなるべく見ないようにしよう。
「先輩、何か手伝いますよ」
「あー、ありがと。じゃ、そこの野菜切ってくれる?テンゾウ、木遁得意でしょ」
「今僕ヤマトです。あと、木遁が得意かどうかは関係無いでしょう」
「あっそう。あー、でも平気?お前、切った野菜の悲鳴とか聴こえたりするんじゃないの?」
「…先輩は僕を何だと思ってるんですか」
えー?お前はテンゾウでしょ、何言ってんの。
どこまでも飄々と軽口を叩き続ける態度は、昔とあまり変わらない。
反論は諦めてため息を吐けば、ちょっと、否定はどうしたのよヤマト、と再び茶々を入れられた。はっきり言って結構面倒くさい。無視しても怒らないだろうが、後々話を蒸し返される事はたまにある。
まあでも、カカシ先輩相手にこれだけの軽口の応酬が出来るのは自分だけだろう、という自負もあったりする。七班を任せてくれたのも、此方の信頼があればこそだ。
そんな事を胸中で呟きつつ自分を慰めていると、先輩がうん、と満足そうに頷いた。
「茹で加減ばっちり。イルカせんせの耳たぶだ」
ぎょっとして先輩の方を見ると、茹で上がったパスタをザルに上げているところだった。
いやもちろん、先輩がパスタを茹でていたのは分かっていた。先程の台詞は、つまりパスタがアルデンテに茹で上がったということだろう。真ん中の芯が、人間の耳たぶくらいの固さぐらいになる事。
一応理性を総動員して平静を保とうとしたが、スタンと包丁がまな板にぶつかる音が少し大きめに響いた。力加減が狂ったのだ。
「なに動揺してんのよ」
「…いえ、別に」
「あの人の耳たぶ、ちょうどいいんだよねえ。噛み心地が良いの」
やけに愉快そうに笑う先輩に、僕は何かを言うべきか迷った。
正直に言うと彼の交友関係…というか、恋愛関係には興味が無かったし知りたくもない。それは暗部時代に彼が手当り次第女性を食い散らかしていた―言葉は悪いが一番正解に近い表現だと思う―のを見てうんざりしただけの話だが…。
これはこれで、詮索するとうんざりするような厄介事になりそうな気がする。
しかし、先輩がこれだけ自分から主張する以上、此方も何事も無かったように聞き流す事は出来ないだろう。
「先輩、その…うみのイルカ中忍と付き合ってるんですか?」
「うん。言ってなかったっけ?」
いけしゃあしゃあと言い放った先輩に、流石にちょっと突っかかってみたくなる。
「初耳ですよ。それにしても、どういう風の吹き回しですか?ひょっとして女の人に飽きちゃったとか。あれだけ手を出せば、そうなる気持ちも分からなくないですけど」
「…何よそれ。昔の話でしょ」
少しだけ不機嫌そうに声が低くなったが、なんだかきまり悪そうに視線を逸らされた。
「別に、飽きたとかそういうんじゃないよ。あの人が女の人だったとしても、俺はたぶん手は出してたし惚れてたと思う」
色々突っ込みたい所はあったが、「惚れる」なんて言葉が先輩から飛び出したことに、エプロン着用以上の衝撃を覚えた。
惚れる?惚れるって、本気って事か?
「え、と、先輩。まさかとは思いますが、その、イルカ中忍一人だけなんですか?」
「だけって何よ。恋人があの人だけって事?当たり前でしょそんなの」
「…昔は一人の彼女につき愛人は三人までとか言ってましたよね」
「…言ってないよ」
言うわけないでしょ馬鹿じゃないのテンゾウ、ともごもごと此方への批判を一通り並べ立てた先輩は、すべての料理が完成した頃にぼそりと呟いた。
「…昔の事、イルカ先生に言ったりしたらただじゃおかないよ」
「言うわけないでしょう。僕だってその辺のデリカシーはあるつもりですよ」
先輩じゃあるまいし、とは流石に言えない。先輩に殴られるなんて嫌だ。痛いし。
ましてや半殺しも、病院送りも絶対にご免だ。
「デリカシーねえ。暗部上がりの人間にそんなものが備わっているとは思えないけど」
その台詞は、間違っても、先輩にだけは言われたくなかった。
もちろん賢明な僕は、そんな発言は心の底にしまっておいたのだけれど。
それにしても驚いた。まさか先輩が、あの男と。
うみのイルカについては、僕も多少知っている。何せ、九尾として憎まれているナルトを人間として認め導いた男だ。ナルトからも絶大の信頼を得ているらしい。実際、ナルトといる時にその名が出ることは珍しくなかった。
カカシ先輩を落とすなんて、どういう手管を使ったんだろう。外見的には(ナルトに関する資料上で写真しか見たことがないが)朴訥としたただの中忍という印象だったのに。
「実はね、今イルカ先生任務中なの。少し長いんだって。だからちょっと、一人で居るのが退屈でねえ」
「はあ」
「イルカ先生が任務に発つ前日にね、お前を家に呼んで飲もうかなって言ってみたんだけど。なんかすっごく複雑な顔してたから、七班みんな呼ぶことにしたのよ」
そう言った顔は残念なほど締まりがなく緩んでおり、誰がどう見てもだらしのない…もとい、嬉しくてたまらないといった様子だった。
「…先輩、昔は嫉妬されるの嫌いでしたよね。鬱陶しいって」
「ええ?そんなことないよ。少しは妬いてくれた方が嬉しい」
だって、愛されてるって証拠でしょ。
それはそれは嬉しそうに笑んだ顔は見とれる程に格好良かったが、生憎忍びとしての彼にしか興味が無い僕にはただの間抜け面にしか見えなかった。
…もしかして、恋の病とかいうやつでおかしくなっちゃったのかも、先輩。
そんな事を思いながら、彼には聴こえないくらいの小ささで、こっそりとため息を吐いた。
先生たち、まだー!?というナルトの声に、今できたよーとのんびり応じた彼をちらりと見ながら、それでも先輩が幸せなら良いかなぁと思ってしまった自分に内心ひどく驚く。
先輩もナルトと同様、うみのイルカという人物によって変わったのかもしれない。より人らしいほうに。
そして、どうやら僕にも、彼らの甘さが伝染しつつあるのかもしれない。と、ふと思った。