小ネタ。イチャパラ…でもない←
もぞもぞと動く気配に腕を伸ばし、隣に眠る身体を抱き寄せる。
即座に逃れようと身を捩るから、仕方なく腕の力を解いて解放を許した。
「…カカシさん、もう起きましょうよ」
気怠けに囁いた声の主は、普段なら俺の意思など構わずにさっさと寝床から這い出る様なひとだった筈だ。
「んー…」
肯定とも否定ともつかない言葉を返して枕元に顔を埋める。
頭上から嘆息する気配と、後頭部に柔らかく置かれた左手に、埋めた顔を綻ばせた。
こうやって、日が一番高い所にのぼり、下手をすると沈みかけるまで寝床で過ごす、というのは、彼に言わせれば『不健全』なのだという。
不健全。
健全って、なんなんだろう。
「ほら、怠惰な感じがするでしょう。貴重な休みなのに、掃除も洗濯もしないで」
とも言っていた。
それはつまり、掃除や洗濯と、二人で共に過ごす時間が同じレベルであるということだろうか。
我ながら卑屈な考えだとは思うけれど、仕方のないことだ。
この人に触れていられる時間は、俺にとって最も価値のあることだ。
呼吸をすることと同じレベルだ。
相手はそうでないということぐらい、分かっている。
あなたを俺だけのものにできないことぐらい。
彼の台詞を聞いて、俺はかなしそうな顔でもしたのだろう。
途端に彼は困った顔で
「本音を言うと」
と言った。
その前が本音じゃなかった訳ではない、もちろん。数ある本音の中、氷山の一角を削り取ってはこちらに見せるのだ。理解を求める為に。
そう考えれば、相互の理解に達する迄の過程に於いて、人は途方も無い労力を要することになる。
「あなたとくっついてると、怖いんです。寄り掛かって、ぜんぶ預けてしまいそうになる」
ほねぬきにされたくないんです。
それは拒絶でもなければ、牽制ですらなかった。
そんな事を言われれば、ひとりで生きていけないぐらいにほねぬきにしたいなんて思うに決まってる。
だから俺はそれ以降もべたべたとひっついて、彼の言うところの「不健全」な休日をねだった。
みたされるのが怖いのは、よくわかる。
みたされてしまえば、もう後がないのだ。
増えればあふれてしまうので、変化を望むなら減らすしかない。
維持する、ということは、いっそ苦痛を伴う行為だ。
ひとりで生きていけないぐらいにほねぬき、なんて、憎んだ相手へ殺意を抱くより非道い。
それでも、俺にとってのあなたはもうとっくに必要不可欠なものとなってしまった。
だから。
「イルカ先生」
枕元から顔をあげて、殊更甘い声で彼を呼んだ。
眉を顰めて距離を置こうとする腕を掴んで再び抱き寄せた。
逃がしてなんかやらない。
「ねぇ、すきだよ。イルカ先生が、すき」
仏頂面で愛の言葉を聞き流す彼に、上機嫌で接吻けた。
愛情表現なんて、それこそ氷山の一角、だ。
もしも全貌を見てしまったら、彼は恐れ慄いて俺から逃げ出すに違いない。
「あいしてるよ、先生」
やがて観念したように嘆息した彼は、一気に黒い瞳を蕩けさせた。
回される腕に、あふれんばかりの喜びが押し寄せてくる。
彼は近頃、「怠惰な感じのする不健全な休日」を享受する様になった。
そのうち彼がみたされて、ほねぬきになる日も近いだろう。
「本音」を言うと、俺は飢えているから、それがあふれることは決して無い。瞬く間に渇いて、何度も彼を欲しがる。
「健全」な彼が、あふれてあふれて、飽和するそれに苦しがったって。
手離してやる気なんか、ひとつもない。
唇を合わせ、交わす温もりに瞳を閉じた。
この不健全な休日が、あなたにとっても幸福な休日になるようにと願いながら。