※小ネタ。カカイル+ナルト。
イルカせんせー、と間延びした俺の声に扉越しに応じた彼は、程なくしてドアノブをがちゃりと捻り、すぐに此方の手元に目線を釘付けにした。
「お土産です。任務先でいっぱい貰ったの」
両手いっぱいに抱えた色とりどりの野菜達をそのまま暫く眺めた後、彼は非常に気まずそうな声で呟いた。
「ナルトからも貰ったんですが…」
恐らくは俺と同じ思惑を抱えているであろう金髪の少年を思い浮かべ、危うく舌打ちをするところだった。
大人気ないでしょ、いくらなんでも。
胸の内で自身を諫めながら、目の前の恋人に向けてにっこり微笑んでみせた。
「大丈夫です。俺、毎日ここに来て料理作りますから」
にこやかに宣言した言葉は、けれど実現することは無かった。
というのも、男前でありながら健気な恋人が「毎日任務から帰ってくる人にそんなことさせられますか」と慌てふためき、それから毎日料理を作ってくれている為だ。
自分だって毎日アカデミーで働いているというのに。
かわいい人だ。抱き締めてやりたい。ちゅーしたい。押し倒したい。
「イールカせんせぇー!」
続いて無遠慮に扉を叩く音に、こっそりと溜め息を漏らした。
大好きなイルカ先生に、自分の抱えてきた食材で料理を作ってもらい、尚且つそれを一緒に食したいと思う人間は、俺だけでは無いということだ。
「あ、すいませんカカシさん、開けてもらえます?」
はいはーい、と、台所と玄関先の両者に応じてから鍵を開けて扉を開いた。
「いらっしゃい、ナルト」
「カカシ先生、早いってばよ」
任務は遅刻するくせに、とお決まりの小言を吐くナルトの口調は、最近気付いたけれどイルカによく似ている。
「…また遅刻したんですか、カカシさん」
両手に料理を乗せた皿を持ったまま、卓袱台の前で仁王立ちしているイルカに殊更怯えたように首を竦めてみせた。
「すみません」
「謝るなら俺達に、だってばよ」
「全くだ」
大仰に頷いてみせるイルカと、ナルトには見えないようこっそりと目配せをして笑い合った。
律儀に瞳に哀しげな翳りを落とす恋人を、心底愛しいと感じながら。
今日は焼き鮭と、じゃがいもの味噌汁と、やきなすと、長芋の梅あえです、とつらつらと献立を述べたイルカを見ながら、ナルトが嬉しそうに手を叩いて歓声をあげた。
大量の野菜をどうにか冷蔵庫に詰めたイルカが、翌日料理本なんてものを買ってきた時には少し焦った。
―先生、無理してない?
おずおずとそう尋ねれば、彼は勢いよく首を振った後、決まり悪そうに鼻の傷を掻いた。
―俺のレパートリーでいくと、野菜ラーメンとカレーと野菜炒めのローテーションになっちまうんで。
それから、心底嬉しそうに破顔したっけ。
―それに、楽しみなんです。みんなで一緒に晩ご飯、なんて。
今思えば、この時点で「毎日二人きりで晩ご飯」の夢は潰えていたということになる。
おまけに彼にしてみれば、「ナルトと二人で晩ご飯に俺が加わった」ことになるのだろう、順番的に考えて。
この人の公平さは間違いなく長所であるけれど、時々少しだけ憎らしい。
「イルカ先生」の部屋に毎晩訪れる俺に、ナルトが怪訝な表情を浮かべたのはきっかり三日間だった。
四日目に、世間話のようにぽつんと聞かれた。
「先生って、先生のこと好きなの?」
その時イルカは台所に居たし、どちらの先生がどちらを指すのかははっきりしなかったが、彼の目を見ながら頷いてみせた。
好きだよ、と声にも出した。ふいに、碧色の瞳に懐かしさを覚えて笑みがこぼれた。
全てを見通す、深い碧。
「せんせい」と、同じ色だ。
ふぅん、と呟いた彼は、どうやら俺達の関係と事実を難無く受け入れてしまったらしい。
驚かないの、と訊いたら、却って面食らった様に呟かれた。
―なんで?好きじゃない人と一緒に居る方がおかしいってばよ。
その時の俺は、こいつもちゃんとサクラの事がそういう意味で好きなんだな、なんて随分失礼な事を考えてしまった。
ごちそーさまー、と、満面の笑みで手を合わせたナルトは、常に無い素早さで食器を下げて、別れの挨拶を告げながら玄関に向かった。
「もう帰るのか?」
思わず、といった様子でナルトに声をかけたイルカと俺を交互に見た後、彼はにやりと笑ってイルカに言った。
「たまにはカカシ先生にも構ってやれってばよ」
ナルトの台詞に数秒固まったイルカは、ぼっと音がしそうな程に瞬時に顔を真っ赤に染めた。
「な、な、な」
「じゃね、先生、また明日〜」
ぱくぱくと口を開閉するイルカには構わず、ナルトは元気よく扉を開き、外へと飛び出していった。
「あ、あ、あいつ、いつから」
「割と最初から」
「し、喋ったんですか!?」
「ま、訊かれたことには答えたよ」
正直に、と付け加えた所で、イルカが頭を抱えて呻きだした。
「…かおから、ひがでそうです…」
もぞもぞと呟いた彼を宥めるように背中をぽんと叩く。
「まぁまぁ先生。あいつも俺達が思ってるよりガキじゃないってことですよ」
それに、副産物もあったしね。
此方の台詞に、彼はのろのろと顔を上げた。
「副産物?」
「はい、あいつ、外では俺の遅刻を責めなくなったんです」
「…それは、単純に諦められただけでは?」
「ま、そういうことにはなるんでしょうけど。直接の原因はイルカ先生にあると思いますよ、俺は」
眉を顰めて疑問符を浮かべるイルカににっこりと笑ってみせた。
「俺の遅刻に関してあなたがあまり怒らないから、何か事情があるんじゃないかって勘ぐってくれたみたいでね」
途端に、すみませんと呟いて表情を曇らせる彼の頬に掌を延ばした。
「そんな顔しないで。過去の事は、秘密にしてる訳じゃない。あいつらに話す機会が無いだけです」
貴方には、聞いて欲しくて話をしたけど。
頬に触れた掌に、彼のそれが重ねられる。
小さく笑みを象った唇にそっと接吻けてから、意識的に少し明るい声を出した。
「そういえば、この前ナルトを見てふいに懐かしくなりました」
「懐かしく、ですか?」
「はい。先生と…四代目と、同じ眼をしてるので」
そうですか、と答えたイルカに殊更やさしい瞳で微笑まれて、急に鼓動が速まるのを感じた。
「ナルトに言われたことだし…しょうがないから、今日はカカシさんに構う事にします」
「え?」
「うんと構ってやるから、覚悟しなさい」
そう言い放ったかと思えば、ぎゅうと此方にしがみついてくる。
どうしよう。すごくかわいい。
抱き締めてやりたい。ちゅーしたい。押し倒したい。
逡巡する間もなく、全て実行してしまおうと決めた。
今日は水を差されることも無いし、相手も俺にうんと構うつもりらしい。
「うん。いっぱい構って、先生」
甘えるように耳元で囁いて、恋人の身体を抱き締めた。