「....あの」

「ン?おやおや、随分と若いお嬢ちゃんだこと」

「その、釣れますか?」

「ンー、ぼちぼちって所かねェ」

「そう、ですか」

「あァ、アンタもやるかい?」

「い、いえ結構です」

「ソイツは残念....お!来た来た来た!」

「!?ヒッ....!!」

「ホォー、こりゃまた上物だねェ」

「そ、それは....?」

「これかい?こりゃあナレノハテさね」

「は....?」

「おや、見るのは初めてかい?アンタ今時珍しいお人だねェ」

「ナレノハテって....何なんですか。魚、じゃないですよね?」

「ま、初めて見るんじゃ仕方ないか。
ナレノハテはね、そのまんま“成れの果て"だよ」

「成れの、果て」

「この世は何をするにもタダとはいかないだろ?
あったかいおまんま食うにも、雨風の凌げる家で眠るにも、そうさ息をするだけで対価を支払わにゃならんのさ。
だがね、世の中には対価を支払うことが出来ずに今日を生き延びるだけで精一杯のヤツもゴマンといる。
コイツはね、息を吸うことが出来なくなっちまったんだよ。そんな価値も無いって見切りを付けられちまった。そういうイキモノのことを」

「その、ナレノハテ」

「そう、そういうことだ。一つお勉強になったね」

「....訊いても良いですか?」

「対価」

「はい?」

「生きているヤツに出逢ったのは久しぶりでついついサーヴィスしちまったよ。
だがアンタも分かっただろ?ココではね、どんな知識や情報だって立派な売りモンになるんだよ。
ここで会ったのも何かの縁。アンタが持ってるモン、何か一つと交換といこうじゃないか」

「私が、持ってるもの....」

「ハッ!何だい何だい?さてはアンタもナレノハテかい?なァんて」

「....」

「....フゥ、仕方ないねェ。それじゃあこういうのはどうさね?
私は優しいからね、対価は後払いでアンタの訊きたいことに答えてやるよ。
その代わり、何を貰うかは私が決める。
それに、例え私の答えに納得がいかなくたってお代はキチンと戴くよ。アンタに拒否権は無い」

「それは....何か卑怯じゃないですか?」

「これでもかなり譲ってやってるんだがねェ。
さて、どうするんだい?私はどちらでも構わないよ」

「....分かりました。それで良いです」

「お、見掛けに依らず勇敢なことで。
それじゃあ何でも訊いてごらん?私はウソは付かないから安心おしよ」

「....まず」

「フンフン?」

「....アナタはどうして釣りをしているのですか?」

「ハッハ、真っ先に訊かれると思ったよ!
そりゃあ、売れるからに決まってんじゃないか」

「売れる、って....その、それが....?」

「そうとも!不思議なモンでね、生きているうちは消費するしか能の無いコイツらは、死んでからの方が価値があるんだよ!イヤむしろ、死んでからやっとこさ対価を支払えるようになるのさ。
フフ、もう息を吸わなくてもイイってのにおかしな話だろ?」

「ど、どうやって」

「アンタさ、臓器売買くらいは知ってるだろ?」

「....まさか」

「おっと、その考えは間違っちゃいないがね、半分足りない。
....ここで私から一つ質問だ。イキモノが生きる為には必ず無くてはならないもの、ココまで聞いたアンタなら分かるだろ?」

「....空気」

「そうそう、お利口で良かったよ。
さて、もう一つ質問だ。今この世で最も高値で売買されているモノは何だと思う?」

「....空気」

「ハイ大正解おめでとう。
....御褒美にこれは出血大大大サーヴィスだ、耳のアナかっぽじってよォくお聞きよ?
....ナレノハテはね、空気になるんだ」

「....え」

「コイツらはね、死ぬと存在そのものが空気になっちまうんだ。
ゆっくり、ゆっくりと時間を掛けて徐々に身体を空気に変えていくんだよ」

「ちょ、ちょっと待って下さい!意味が分からないんですけど!?」

「分からないも何も、そのまんまの意味だよ。ナレノハテは放っておくと空気になる。それだけさ。
でも何故かは知らんが、中身が詰まってると変化が遅くてねェ。
ま、中身は中身で役に立つからナレノハテサマサマだよ」

「....それじゃあ、アナタは空気を集める為にこうして釣りをしているんですか?」

「あァそうだとも。日がな一日ぼーっとしてりゃ、イヤでも向こうから流れてきて勝手に掛かるもんだからね。ボロい商売だよ。
元々釣りは好きなモンでね、捌くのにゃ慣れてるのさ」

「で、でも幾ら空気は高価だからって、そんなもの....買う人なんて、居るんですか?」

「ン?何かおかしいかい?アンタだって死んだ魚を好きに調理して食ってるだろ?それと同じことだろ。違うかい?」

「....私魚嫌いなので」

「あっそ、魚じゃなくてもいいがね。何でも同じことだよ。誰かのナレノハテに群がり、骨も空気も残さずしゃぶり尽くす。ナレノハテに口無しだからねェ」

「....」

「ふむ、アンタがどう感じようが自由だから知らんがね。
もう訊きたいことは無いかい?ちィと喋り過ぎたかねェ、そろそろ疲れてきたよ」

「....最後に一つだけ、良いですか?」

「ンー?何だい?」

「....アナタにとって、アナタの“価値"って何ですか?」

「....そんなこと知って何かあるのかい?
私の思う私の価値が何であれ、それが端から見てもそうとは限らないだろ?
アンタが私に抱いたモノ、そのマンマそれが私の価値だとでも思っといてくれよ」

「空気を売ることが、アナタの価値なんですか?」

「アンタがそう感じたならそうかもね。何せ立ち止まったらすぐにナレノハテにされちまうからねェ」

「....ありがとうございます、もう良いです」

「そうかい。それじゃあ対価を戴くとするかね」

「拒否権は無いんですよね?」

「そりゃあそうさ。人から貰ってばかりで生きようだなんて神様が許しても私は許さないよ。
アンタが質問した数から私がサービスした分と私が質問した数を差し引いてやるよ、感謝しな」

「どうもありがとうございます」

「おやマア随分と心のこもった御挨拶だこと。
それじゃあ対価の発表だ。此処にお座り」

「? はい」

「ハイ、眼を瞑って」

「は?はぁ....」

「ハイ瞑ったね、それじゃあコレをしっかりとお持ち。心の中でゆっくり五秒数えたら眼を開けな」

「....何ですかこれ」

「....」

「....おーい」

「....」

「....これ、アナタの釣竿じゃないですか。
....って、あ、れ....?」

「....」

「....息、出来なくなっちゃったんですか」

「....」

「....アナタの空気は、私がちゃんと頂きますね」


おわり