知人に「歯が抜ける夢って見たことない?」と尋ねられたことがあります。
2年前の夏、彼は歯が抜ける夢をよく見たそうです。正確には抜けるのではなく、歯が根元からぐらぐらと動いて今にも抜けそうになるという夢。乳歯以外に歯が抜けた記憶などないのに、やけに生々しい不思議な夢だったそうです。
全部自前の虫歯一つない自慢の歯だったのですが、その頃はこころなしか本当に歯がぐらぐらとしてきた気さえしたとか。
ある晩、彼がまた歯が動く夢で目を覚ますと、驚いたことに胸の上に小柄な老人が正座していました。どう考えても異常な事態なのに、金縛りにあったのか指一本動かすことができず、ただ目玉をきょろきょろさせるのが精一杯。何より恐ろしかったのは老人が彼の口に手を突っ込んでしきりに歯を揺さぶっていたこと。口を閉じることもできず、声にならない悲鳴すら上げることができません。確かに目があったのですが、それでも老人は無表情に指でつまんだ歯をゆすり続けます。やがて、グポッという音とともに鋭い痛みが襲ってきました。
老人が抜き出した皺くちゃの指には血と涎で光る彼の歯がつままれていました。
老人はそれをしげしげと眺めると、初めて血の気のない顔を歪めて表情を変えました。ニッタリと真っ赤な歯茎を剥き出しにして、嬉しそうに笑ったのです。
やがて彼は激痛のあまり意識を失ってしまいました…
そこまで話してくれた彼の口元には、きれいな真っ白な歯が並んでいました。
恐ろしい夢を見たんだね、私の言葉に彼は答えてくれました。
「ああ、これ? 実は全部入れ歯なんだ」