いつだって世界の果ては君に続いている。
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今日、幾度目かのあくびをする。時刻は昼過ぎ。いつまでも寝たりない体に鞭打つように立ち上がって、僕は小屋から外に出た。何もせずともふらつく足に、そういえばもう丸一日は何も食べていないことを思い出す。最後に食べ物を口にしたのはいつだったか、僕の記憶が正しければ一昨日の夕方だ。そろそろ何か食べないと生活に支障をきたす。生活といっても寝ないようにぼんやりしているばかりで何もしていないのだけれど。
小屋のすぐ脇に生えている木から、一つ木の実をもぎ取って、かじる。口中にじわりと染みこむように甘味と酸味が広がる。それから、この前食べたのもこれだったことに思い至る。その前もそうで、いつからこんな生活を続けているのかふと疑問に思った。
○←←←
「今日は何をする?」
僕が小屋の前でいつものように待っていれば、ミクリが現れて、いつものように僕に訊ねた。今日は西の方へ行こう、と僕は言って、ミクリと一緒に歩き出した。
ミクリは集落の娘だ。僕の住む小屋は森の中にあるのだが、ミクリの集落は森を抜けたところにある。森には危険な魔物がいるから入ってはいけないと言われているらしいが、ミクリはそれを守らず毎日小屋に来ている。物心ついたときからずっと母親以外の人間を見たことがなかった僕に、初めてできた友達だった。
辺りに何もいないか確認しながら森の中を進む。ざくざくと草を踏む音だけが聞こえる。時折風が吹いたが、木を揺らすほどではなかった。
「ねえ」ミクリが言った。「どこに向かっているの?」
僕はそれをミクリに言おうか迷って、それから振り向いて言う。
「ひみつ」
それからしばらく歩くと、ふと、甘い香りが漂ってきた。ミクリが気づいたようで、僕を呼ぶ。
「ねえ、いいにおいがしない?」
「もうすぐだよ」
僕は言って、少し急ぎ足になった。ミクリも僕の後をついてくる。
開けた場所に出た。正面には一本の木が生えている。
「ちょっと待ってて」木の正面で、ミクリに言う。
僕はその木によじ登って、赤くておいしそうな実を二つもぎ取ると、そこから飛び降りた。ミクリは驚いたようで目を覆っていたが、僕の差し出した木の実を見ると目を輝かせた。
「これ、食べていいの?」
訊ねるミクリに大きく頷いて、僕は自分に取ってきた分にかじりついた。甘味と酸味とが口に広がって、思わずもう一口かじる。
「おいしい」そう言って、笑うミクリにつられて笑う。
木の実を食べ終わった僕とミクリはもときた道を引き返して、小屋まで戻ってきた。ミクリはそろそろ集落へと帰る時間だった。
「これ、植えてみようよ」
ミクリはそう言って、小さな黒い粒を取り出した。
「さっきの木の実の種だよ。長老が言ってたんだけどね、これを土に植えて、長い時間が経つと、おんなじ木になるんだって」
それから、ミクリは小屋のすぐ脇を指さした。
「そこに植えよう」
僕は頷いた。僕とミクリは二人で小さな穴を掘ると、その中へ小さな種を入れて土をかぶせた。
「いつになったら木になるかな」
「長い時間待てばなるんでしょ?」
「そうだね」
少しの間、土を眺めて、ミクリは立ち上がった。
「そろそろ帰らなきゃ。また明日ね」
「うん、またね」
ミクリは手を振った。僕は手を振った。
○→
今日もまた雨が降っていた。毎日のように雨が降る季節がやってきた。ミクリが最後にここに来てから、それは三回目の季節だった。
小屋の脇に種を植えた場所には木が生えてきた。まだ小さな木だが、あの場所で赤い実をつけている木と同じものだろう。
僕は小屋の外でミクリを待っていた。腹が空けば、小屋の近くで捕れる蛇や、小さなネズミや、赤い実を取りに行って食べた。そういえば、今日はまだ何も食べていない。
僕はミクリを待つことにした。雨はまだ降りやまない。
○→→
目を開ける。辺りは暗い。昔の夢を見ていた。日のあるうちから眠ってしまったせいで、頭はやけに冴えていた。
僕は小屋の外に出た。木々の隙間から月明かりが漏れている。少しの明かりがあれば十分に歩ける僕にとってすれば、その明るさは十分すぎるほどだった。
一瞬何を考えているのかわからなかったが、すぐに思い当たる。僕はミクリの住む集落に向かおうとしていた。その思いつきを、驚くほどすんなりと認めることができた。長い間眠っていた感覚が戻ってくる。
夜の森を歩くには、夜行性の獣には気をつけなければならない。母の言いつけを守るために、集落の人間には気づかれてはいけない。どちらにせよ、気配を消して忍び足、それから、獣と遭ったときのために武器を持って行くことにする。
僕は、夜闇の中を踏み出した。
何とも遭遇することなく集落へと到着した。いや、集落のあった場所に、と言い換えるべきだろう。
そこには何もなかった。壊れた家の残骸と、転がった骨と、伸び放題の草が、それがどれほど過去の出来事であるかを物語っていた。
僕はただ、ミクリにもう一度会いたかっただけだというのに。
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(どこに行けば、君に)