チョコレート
明日が本番だ。
帰り道、僕はコンビニに寄った。
安くてそれなりに大きいやつ。
チョコレートのお菓子はたくさんあるけれど、シンプルなのが一番手ごろだ。
僕は板チョコを選んだ。
レジの手前にはいつものごとくチロルチョコが箱だしで陳列されているが、ポップが華やかだ。
疲れた目をこすりながら近づく。おおなるほど、世はバレンタインなのか。
そんなこともすっかり忘れてた。
言われてみればこの板チョコをとったコーナーも少し目立ってた。
学校は自由登校になっているし、行けない。いくつ貰えるかなんて余計な心配しなくていいから逆に気が楽だ。
コンビニの照明を背に、僕は立ち止まる。
なんとなく自分の陰がいつもより濃く、深く差している気がした。
手に持ったままの板チョコと目が合う。
茶色い包み紙に、金でmeijiのロゴ。
目があるのか。あるのだ。確かに目があったんだ、こいつと。
世界史の図版集でみた《我が子を喰らうサトゥルヌス》のような黒いグロテスクが、自分の中に渦巻く。
いかん。行儀が悪い。
ここじゃダメだ。
家に帰ってからゆっくり食えばいいじゃないか。
いや、しかし俺。なぜ今チョコを選んだ。バレンタイン商法に負けたのか?
違う、違うだろう。
これが彼女の望みなんだ。
そう、彼女は言ったんだ。
センター試験を前にした僕に言ったんだ。
――――勉強は本当に大変ですからね(/∀\*)チョコレート食べながら頑張ってください!
そうだ、チョコ食べよう!
頭が疲れていた僕は、コンビニの前の歩道を進んでほどなく、
外灯と外灯の間のいちばんの暗がりで包みをあけた。
待ってる。
待ってる。
甘い癒しが僕を待っている。
……いかん。野生化したようだ。
僕は無意識のうちに、裏側の糊づけをはがしていた。
こんな薄っぺらいのチョコに厳重装備なのだ。
商品情報がプリントされた包装紙をめくる。その下の銀の薄い包みを破ると、茶色いミルクチョコレートが露わになった。
寒さで固くなっているそれがパリッと小さな音をあげて折れる。
口の温度がそいつを柔らかく溶かしていく。
甘さが口いっぱいに広がる。
うまい。非常にうまい。とまらない。
音を立てて豪快に破きながら、銀の包みをくしゃくしゃと握りしめて、チョコレートを貪り食う。
白くなった熱い吐息がふりかかる茶色い板が淡く結露する。
もっと欲しくて次から次へと剥がしては口をつけていく。
きっとキスもこれくらい甘いのだろう。
かわいいあの子のキスはきっととてもとても美味しいんだろう。
愛と同じ温度の温かいチョコレートが流れ込んでくるんだろう。
おう、せいぜいおめでとうございましょうよ、世界のリア充ども。爆発しろ。
童貞18歳。俺は今日も生きている。
横を通り過ぎていったサラリーマンの怪訝そうな視線で、ふと我に返った。
ここは路上だ。
しかも暗がりで、長いこと高校生が1人背を丸めて立ちつくしている。
血色がよくなった掌にはかすかに溶けたチョコレートの痕跡と、丸まった銀紙の塊。
口元をぬぐおうとしてハッとして舌を舐めまわすと、口の周りに甘さが残っていた。
冷たい外気で固くなってパリパリしてるのがわかる。心地が悪い。
足元には、破れて螺旋状の切れ口が白くなったプリントの包み紙が、アスファルトにはらりと散っている。
おお。そんなつもりは。
だがしかし、美しい。
こわくなって振り返ると、遠くにOLの姿が。
さ、怪しまれないうちに帰ろう。痴漢と思われても困る。
僕は銀色の残骸を手と一緒にポケットにつっこみ、事後のすべてはそのままにして道を歩き始めた。
山積みにしたアングルの画集のてっぺんに檸檬をひとつ乗っけて去った文豪は、こんな気持ちだったのか。
実際今、僕はとんでもない充実感に満たされている。彼女もいないのに!
積み重ねた日々に、破けたチョコレートの包み紙!
なんて完璧なんだ!
西の空に消えていく月にガッツポーズ!
受験は受かったようなものだ!ははは!
はーーー智美!!ああ智美!土曜日は会いに行くからな待ってろよ!!
入試が終われば……ああああああああああああ明日本番だああああああ
―終―
カテゴリー
プロフィール
カレンダー
アーカイブ
- 2020年5月(1)
- 2019年9月(1)
- 2018年6月(1)
- 2018年5月(1)
- 2018年4月(1)
- 2018年3月(1)
- 2018年1月(1)
- 2017年9月(1)
- 2017年5月(1)
- 2017年4月(1)
- 2017年2月(1)
- 2016年12月(1)
- 2016年11月(1)
- 2016年9月(2)
- 2016年7月(1)
- 2016年5月(1)
- 2014年4月(1)
- 2014年3月(2)
- 2014年1月(1)
- 2013年12月(1)
- 2013年9月(1)
- 2013年7月(2)
- 2013年5月(2)
- 2013年2月(1)
- 2012年12月(1)
- 2012年11月(1)
- 2012年9月(2)
- 2012年8月(5)
- 2012年7月(1)
- 2012年6月(1)
- 2012年5月(2)
- 2012年4月(4)
- 2012年3月(2)
- 2012年2月(1)
- 2012年1月(1)
- 2011年12月(3)
- 2011年11月(1)
- 2011年10月(3)
- 2011年8月(2)
- 2011年7月(1)
- 2011年6月(2)
- 2011年5月(6)
こんなに言葉を生み出せるあなたが羨ましい。
チョコレートに口をつけるのは、キスに似ている。
やっぱ妄想は正義よね!(☆´ω`)って思えるのが書けたよ!
ネタからコメまでいろいろありがとう(/∀\*)
また意味深なもの写メったら教えてね!