01. 箱
2018-3-16 23:00
明日のかけら 01
白い扉の向こうでひとりになった。
みんなと手を取り合って進んだから、ずっとみんなと同じ場所にいられるものだと思い込んでいた。
教室の分厚い扉の先には次のステージが待っていて、それぞれの場所にはそれぞれの景色があって、それぞれの人がいて、それぞれの時間があった。
重なったこともあれば、すれ違ったこともあった。追いぬいて、追いこされた。
隣の教室にいるはずだったある子は、いつの間にかずっと遠くのまったく違う場所に立っていて、またある子は黒い扉の向こう側に消えていった。
話に訊くだけ。嘘か本当かはわからない。でも最後に一度ニコリと笑うと、もう傍から居なくなってしまうことだけは確かだった。
話に訊くだけ。嘘か本当かはわからない。でも最後に一度ニコリと笑うと、もう傍から居なくなってしまうことだけは確かだった。
ここに居たい。
気持ちはみんな同じはずなのに、ただそれだけを貫くことがとても難しくて、うまくいったりいかなかったりした。
日が暮れて、また日がのぼった。
外の強すぎる光をカーテンで隠して、陽の不快なぬくもりの中で泣いた。
今日も今日が終わって、約束してもないのに明日がきた。
今日も今日が終わって、約束してもないのに明日がきた。
こんな毎日をあとどれだけ続けたら、…どうなるんだろう?
外の見えないこの場所は時々無性に息苦しい。
電気をパチッと消してしまえば、ここはただの真っ暗な箱の中。
自分の姿だって闇に溶けて見えない。
ここはどこ?
こっちでいいの?
それとも、あっち?
狭い。窮屈。ちいさな、はこ………
………
「だいじょうぶ?」
彩希が目を覚ますと、膝を抱えていた。あたたかい黄色い照明がついた楽屋。
眠っていたのかな…いつ眠ったっけ?周りをぼんやりと見まわす。
もう一度、声がした。
「大丈夫?」
眠りから引き戻されて、思いっきり伸びをすると欠伸が出た。軋む音がして、彩希は自分がカゴの中に納まっていることを思い出す。
衣装用のカゴ。ぴったりはまって、仮眠をするのにちょうどいい場所。ただし、ここにいる時は頭をぶつけないように気をつけないといけない。机の下だから。
「何してるんだい、こんなところで。ぬいぐるみみたいでかわいそうだよ」
「別に普通だよ。いつもここだし」
メンバーやスタッフさんの声はしないし、誰の姿も見えない。
みんなステージだろうか。それにしても静かだ。
………ん?
今、私、誰と話したの?
彩希は声のするほうをもう一度見る。
ピンクのクマ。くまのぬいぐるみで使ってるクマだ。
小さい子どもみたいに私の周りを歩いている。君のほうがよっぽどぬいぐるみじゃないか。
今しゃべったの、君かい?
「それ使いたいんだけど」
あんまり驚くのもなんだか悔しくて、「あ、動くんですね」くらいの感じで相手してやろうと決める。
「どれ?」
「これだよ」
クマがカゴの縁を掴んでひっぱると、プラスチックが窮屈そうに伸びた。
「このカゴ、使いたいんだ」
「はいはい」
彩希は慎重に立ちあがって、クマにカゴを譲ってあげた。
衣装はいつもの白い縁取りのゴールドクリームの上下を隠す、パープルのフリルスカートとノースリーブの肩出しのトップス。今が開演前だと思い出す。
でもそうすると変だな。今日はクマの出番はないはずなのに、どうして楽屋をうろうろしてるんだろう。
クマは短い手でカゴを持ち上げて、短い足で歩いてそれを運ぶ。
骨抜きのくせに力持ちな、態度の雑なクマ。
いつも公演でメンバーにぽいぽいまわされて、最後は袖に向かって投げ飛ばされるクマ。
顔面から床に落ちたりして、演出といっても確かにちょっと可哀そうだけど、そんなにひん曲がった性格になっちゃいますかね?
「今君が考えていることくらいわかっているんだよ、彩希。君が望むものがもうすぐ来る」
楽屋の床には、あちこちで使っている空のカゴが1列に並べられていた。
さっきまで彩希が眠るのに使っていたカゴも加えて、がたがたと繋げること10個。
「タイムマシン」
「タイムマシン」
………はい?
「さ、行こう彩希。そこに乗って」
「タイムマシン?」
「そうだよ」
「これが?」
「そう」
「うっそだぁー」
電車ごっこくらいはできそうだけど、こんなで時空を移動できるはずない。
「乗ってみればわかる」
でもクマは自信満々。
「はいはい」
なのでノッてみる。
「そこ、7時12分の2両目に乗って。いつも乗車してるだろう」
舞台袖のほうを頭にして2個目のカゴをクマは指した。さっきは邪魔って言ったくせに、今度はここに乗れーだとさ。
公演前にこんな遊びに付き合いたくはないけど、 彩希はクマに言われるまま2両目のカゴに乗った。
いつもと同じようにしろというので、おしりからカゴに入って脚を出し、体育座りをした。けど「乗って」なくない?この状態。
「これでいいわけ?」
「それでいいわけ」
ムカーーー!このクマ!!
今度B公演に出たら、おなかにパンチ食らわしてボコボコにしてから下手の袖にぶん投げてやる。
「よし、出発」
そう言ってクマが10両編成のカゴを押す。手動かい!
床のどんなでこぼこにも突っかからずに、カゴの電車はするすると進む。
彩希が乗車した背後のカゴは全部空いていて、前のひとつももちろん空いている。体育座りではみ出した脚で前のカゴが変な針路をとらないように無意識に手を添えていた。電車は進む。
ここにメンバーがみんな乗ったらどうなるかなと、彩希は想像する。あと9人乗ったらあっという間に満員電車だ。
ここにメンバーがみんな乗ったらどうなるかなと、彩希は想像する。あと9人乗ったらあっという間に満員電車だ。
彩希ひとりを乗せた電車は楽屋を出て、袖を通り、黒い幕を割って劇場のステージに出た。
「着いたぞー」
「着いたぞー」
クマがぬいぐるみなりの大きな声で叫ぶと、カゴが90度ひっくりかえって彩希はステージの外に投げ出された。
電車が着くのが早すぎて、こんなじゃ初恋もできない。しかも事故ってる。ずいぶん乱暴な終わり方だ。
「ねーえ、ちょっと……もう!」
ざらざらのカーペットの床に投げ出された彩希は立ち上がって、膝を払い、衣装を整えた。
振り返ると乗ってきたはずの10両編成のタイムマシンはなくなっていて、クマもいなかった。
さっきまでの時間を洗い流すような横殴りの風が吹いて、気が付くとあたりは静かになっていた。
ここ、本当にいつもの劇場だよね…?
タイムスリップなんてしてない。いつもの慣れた場所を移動してきただけなのに、劇場はよそよそしかった。
誰もいない。誰の声も聞こえない。
周りを見回す。ステージの上から見ている250人の客席。
…ん?
客席の間に床に鏡の粉が散っていて、白に近い銀色がステージの照明できらきらしている。
どうやら柱がおかしい。錯覚かと思って目を凝らす。やっぱり変だ。
柱の鏡が割れている。
下手側の柱の内側についてる縦長の鏡の真ん中が綺麗に砕けて消えている。
ありゃ。直してもらわないと危ないな。
彩希はもう一度辺りを見渡したけど本当に誰も居なくて、助けを求められない。さっきまでみんないて、開演前の準備をしてたはずなんだけど。
見慣れた景色が割れてしまったのは意外に面白くて、彩希は一歩引いたまましばらく柱を眺めていた。
見慣れた景色が割れてしまったのは意外に面白くて、彩希は一歩引いたまましばらく柱を眺めていた。
割れたところがギザギザしていて、怪物が大きな口を開けているみたいだった。
不気味だけど、気になる。
彩希は客席の上に立って、中を覗きこんだ。本当は禁止だしやっちゃいけないけど好奇心のほうが勝った。
柱の中って空洞なの?でも空洞だったら柱の意味、ないよな。
柱の中って空洞なの?でも空洞だったら柱の意味、ないよな。
何があるんだろう?券とかサイリウムとか、お箸の袋から抜け出したつまようじとか、落ちてるかな。
ばっくりと開いた大きな口の中は、闇を飲み込んだように真っ黒だった。
背後からドンと押されるような風が吹いて、前にバランスを崩した。
彩希は柱の中をまっさかさまに落ちた。
彩希は柱の中をまっさかさまに落ちた。
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