03. 森
2018-5-2 22:00
明日のかけら 03
鈍い光は白い空から注いでいた。土の匂いがした。
彩希は森に立っていた。茶色い地面と、樹と雑草と、雲でいっぱいの空しかない。道らしい道もない。
どこかで鳥の鳴く声がしてバサバサと一斉に羽ばたくと木々がしなって、葉がわさわさと触れた。
門の先は地獄ではなかった。よし、いいぞ。ポジティブ。
で、こういう場合は大体、動かないと何も始まらない。
でもどっちに行こう。どっちもなにも、樹しかない。
落ちている木の枝を拾って、古典的な方法で針路を決める。
枝が倒れた。よし、こっちに行ってみよう。
枝が倒れた。よし、こっちに行ってみよう。
手元が寂しかったから枝を指揮棒みたいに握りしめて歩き出す。
一歩踏み出すと歩き心地がなんだか違っていて、ふと気が付いた。着ているものが変わってる。茶色いブレザーとスカートの制服には、端々にピンクとイエローのライン。黒いネクタイにブーツ。
気持ちはわかる。ここ、森だしね。
一歩踏み出すと歩き心地がなんだか違っていて、ふと気が付いた。着ているものが変わってる。茶色いブレザーとスカートの制服には、端々にピンクとイエローのライン。黒いネクタイにブーツ。
気持ちはわかる。ここ、森だしね。
踏みしめた土のやわらかい感触も、頬に触れる風も、土のにおいも、手を突いた木肌も、夢だと思うにはあまりにも鮮明だった。
脚を一歩踏み出すたびに、乾いた音を立てて枯れ葉や枝がパキパキと豪快な音を立ててびっくりしてしまうから、つま先から慎重に歩を進めた。
どこまで行っても森しかない。人が歩いたような道も行き先を示す目印もない。
どのくらい歩いただろう。振り返ってもさっきと変わらない森だし、先を見渡してもこれまでと何も変わりそうにない森。
来た道を引き返そうにも、どこから来たのかわからない。
どこにもたどり着かなかったらどうしよう。何も見つけられないままこの森で一生迷子するのかな…
曇り空の灰色が濃くなってきた。いっそ雨が降ってくれたら気持ちよく晴れてくれそうなのに、雨粒になることも許されずただ浮かんでいるだけの雲。だんだん不安になってくる。
風が吹いた。止んだ。動きを止めて、身をひそめた。
誰かいる。
嫌だ。すごく嫌な視線を感じる。絶対にやばいのが、いる。
大きく息を吐いて予感のするほうを振り返る。
淡い紫色の毛の生えたクマが、光のないたれ目の瞳でこちらを見つめている。劇場のステージとお立ち台くらいしか離れていない。
あ い つ は 着 ぐ る み だ
「うわああああああ!!!!!!!!!」
こんなところにいちゃいけないと身体中が叫んだ。持っていた枝を投げつけて逃げた。
さっきまでぬかるんだり枯れた枝葉で音の鳴る足元を気にして歩いていたのが、自分でも信じられないくらいには走った。
走りに走ってから勇気を出して振り返ると、遠くにはやっぱりよたよたと追いかけてくる着ぐるみグマ。
走りに走ってから勇気を出して振り返ると、遠くにはやっぱりよたよたと追いかけてくる着ぐるみグマ。
なにあれ!怖!
走らせれば早い村山。あっという間に距離をとりました。
走らせれば早い村山。あっという間に距離をとりました。
飛び乗ったのは岩の上。彩希の背丈くらいの高さで、走ってきた勢いのままでこぼこに手足をかけてのぼっていた。
なんだこれ。これが本能か。
「はぁ…無理…」
しゃがみこんで一息つく。クマの姿はもうない。どこかで転んで、頭を落としてるかもしれない。
「はぁ…無理…」
しゃがみこんで一息つく。クマの姿はもうない。どこかで転んで、頭を落としてるかもしれない。
それはそれでかわいそうだけど仕方ない。怖いのが悪い。
落ち着いて下を見ると、結構な高さだ。人ひとりの背丈くらいはありそうで、地面まで遠い。よくのぼったな。
火事場の馬鹿力というやつか。
岩の上に立ち上がるともっともっと高くなって、木の枝に手が届いた。
花の芽が細い枝の先にいくつもついている。蕾の先で花びらになるはずの桜色は、ぴっちりと身を固めて暖かくなるのを待っていた。
この花はどんな景色を見るんだろう。そんな優しい気持ちになって、あたりを見渡した。
樹々のあいだに屋根が見えた。
→04.
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