生活のよごれた水
これからゆきりんworld *2
*2
あれ?
「目が見えない」
「見えないんじゃないよ。」
「でもなにも見えないよ」
視力を失ったみたいでこわい。
「ひめは目を開けてるよ。」
「うそ」
目をパチクリさせてみると、確かにまぶたが上下する感覚も、それにあわせてまつ毛が動く感覚もある。
「ここどこ?」
「ひめの心のなか。」
「え?」
「ちょっと言ってみたかっただけだよぉ」
ひとりで勝手に恥ずかしそうに笑って、さえちゃんは言葉を続けた。
「さっき何をしたか思い出せばわかるよ。」
さっき?
「お風呂の栓抜いた。」
「その先にあるところだよ。」
「先って?…排水溝?」
「それは入口。」
「え、じゃあここ、下水管なの?」
「そう。ここは地下水道でーす。」
ちか すい どう 。
さえちゃんはもう一度、言葉の意味をちゃんとなぞるように言った。
そう言われてみれば、どこからともなくポタポタと音がする。
じめっとした空気の中に響く水音。
そして、さえちゃんの声と、いつからか前に進め続けている自分の脚(の感覚とそ)の音。
「わたしたち、どこに行くの?」
「わかんない。」
「え?」
「そのうち着くでしょう。」
「いつまで歩くの?」
「わかんない。」
ちょっと意味がわかんない。
「時がくれば。」
「さえちゃん、どこ?」
埒があかないから、大好きだけど佐江ちゃんの発言を無視。
手を繋ぎたくて、腕が宙をさまよった。
“そうだ、さえちゃん小さくなっちゃったんだ”と思いだしたけど、それでも手は何にもぶつからない。
足を止めて腰を低くしてみても、それは同じだった。
まっすぐに腕を下ろした時に自分にあたっただけ。
どこなのかもわからない暗闇に、自分の身体しかない。
こわくてたまらない。
「こわいよ、ねぇどこ?」
声まで途絶えた。
何度名前を呼んでも、返事がない。
「ウソでしょ」
こんな時にイジワルやめてよ。
泣き出しそう。
「さえちゃぁん…」
彷徨うようにまた歩を進めると、スイッチを押したようにまた声が聞こえた。
「とまっちゃダメ」
視界がにじんだ。涙のふちがキラキラと光るのが、見えた。
みえた―
脚元が消えた。
ふっと身体が軽くなったかと思うと、つぎの瞬間には押しつぶされそうな圧。
空を切る音が、耳のすぐそばを通る。
闇の中でもわかった。わたしは今、どこかに向かって高いところへと吹き飛ばされている。
何も見えないのに、反射的に目をかたく閉じた。
暗いはずだったまぶたの裏が、白く光りはじめた。
→*3
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