会いたいだなんて、口が裂けても言えない。
そんな俺の強がりを、誰よりも知っているのは、彼奴だと思っていた。



After Birthday


後一分で今日が終わる。
時計の長針を睨みつけたまま、獄寺は抱えていた枕をいっそう強く抱き潰した。
時計の針が完全に重なった瞬間、無意識に零れる溜め息がやけに大きく聞こえる。
九月十日と表示を変えた時計を伏せて、そのまま枕に顔を埋めた。

今年は一緒に祝うのは無理かもしれないと、聞かされてはいた。
彼が忙しいのは知っているし、自分だってそんなに時間が取れる方ではない。
約束をドタキャンするのは既に日常で、破られる為の約束を交わすのは最早意地かもしれなかった。
それでも毎回『次』の約束を取り付けるのは、それが互いに必要な事だからだと思う。
思うのだが、さすがい今回は堪えた。
かれこれもう半年は彼の顔を見ていない。
国際電話は高くつくからと、あまり長話もできはしないし、筆不精な奴らしくメールさえ滅多にこない。
今だって多分、彼は海の向こう側だ。

もう一つ大きな溜め息を吐いてから、獄寺は布団を頭から被ってベッドの中に潜り込んだ。

今日はもう寝てしまおう。
始めから会えないと宣言されていたんだ。
約束を破られた訳でも無いし、なんて事はない。

そう自分に言い聞かせながら、きつく目を瞑る。
一瞬視界の端を掠めた『彼以外』からの誕生日の贈り物が、憂鬱な気分にさらに影を落とした気がして。
それを振り払うように、眠りの世界に己を沈めた。



+++++



外から朝日が差し込んで、浅い眠りを揺蕩っていた意識に覚醒を促す。
そういえばカーテンを引いていなかったかと、ぼんやりと思い当たった。

そういえば自分はいつの間に眠ったのだろう。

鳴るはずも無い携帯を見詰めていたのは覚えている。
未練がましく時間を確認したときは一時を回っていたから、多分そのくらいか。
自分の女々しさに呆れを通り越して笑いが込み上げてくる。
女でもあるまいし、どんな乙女思考だと思いながら重い瞼を持ち上げた。
と、同時に自分が身動きできないことに遅まきながら気付く。
なにかにしっかりホールドされている己を訝しみながら視線を巡らせると、視力の悪い視界に見覚えの無い布地が飛び込んできた。



「は…?って、え?」



寝起きの頭は回転不足で情報が繋がらない。
自分で言うのも何だが、警戒心は強い方であるはずで、易々と自分のテリトリーに侵入を果たす輩なんかそうそうは居ないはずなのに。


「…ん、もう朝?」


聞き覚えのある声が頭上で響いて、思考は余計にパニックを起こす。

いや、まさか。

だって、嘘だろう?


「あぁ…まだ二時間も寝てないのに…」


そんな獄寺の混乱にはお構いなしに、頭上から響く声の主は獄寺をがっちりと抱き直して『後三十分だけ』と再び眠りの体制をとる。
一方、眠たそうな声に、やっと侵入者の正体が解った獄寺は『信じらんねぇ』と口の中で呟いた。




+++++




「いつでも来いって、合い鍵くれたのは君でしょう?」

生欠伸を噛み殺しながら、雲雀は不機嫌そうに獄寺を睨みつけた。

「僕は寝てないんだ。それを叩き起こすなんてどういう了見?」
「五月蝿ぇよ、この不法侵入者」
「合い鍵で入ったから不法侵入じゃない」
「屁理屈はいいんだよ。テメェ今イタリアじゃなかったのか」
「昨日まではね」

さらりと返して雲雀は不機嫌そうに頭を掻いた。

「これでも急いで帰ってきたんだ。なのに君は寝こけてるし、連絡だってして来ないし、拍子抜けだ」
「…は…?」
「昔の君なら『俺の誕生日に会えねぇとか、マジありえねぇ』って吠えたのに…物分かり良くなんてならないでよ、隼人」


君の我が儘が聞きたくなってわざと連絡しなかったのに、物分かり良く諦めるなんて君らしくない。

そんなこと僕は望んでない。


ツンとそっぽを向いてそんな嬉しい事を言うから。
我知らず、獄寺の口角がゆるゆると上がる。
昨日のあの寂寥感が嘘のように満たされて、思わず破顔した。


「遅ぇんだよ、バーカ」


俺の誕生日昨日だぞと、わざと拗ねたように言えば、一日くらい時差の内だと頭を小突かれた。


「わざわざ来といて、言うことねぇのかよ」
「君こそ、わざわざ来てやった僕に、言うこと無いの?」
「そんなに俺に会いたかったかよ」
「それは君でしょう」


雲雀の台詞に、ぐっと返答に詰まる。
その一瞬の間が、言葉よりも雄弁な意思表示となって、雲雀はにやりと意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「携帯握り締めてふて寝するくらいなら、君から電話してみなよ…意地っ張り」


なにもかもお見通しだと言わんばかりの台詞に、反論するべくもなく、獄寺は無言で雲雀に背を向けて布団に潜り込んだ。


「隼人?」
「寝る」
「寝るって、君、仕事は?」
「今日は行かねぇ」
「仕事の虫が、珍しいね」
「うるせー、お前も早く寝ちまえよ。目の下、隈作りやがって」


ブツブツ文句を言いながら首を回して雲雀を見上げる。
その揺れる光彩に心配そうな色を見て、雲雀は降参と言うように両手をあげた。


「いつまで、休みだ?」
「今日を入れて三日間」
「なら明日は付き合えよ?」
「その為の休暇だからね」
「んなら、今日はさっさと寝ちまえ、バーカ」
「隼人」
「あー?」
「誕生日、おめでとう」


言葉と同時にくしゃりと髪を撫でられて、反射的に枕に顔を埋めた。
触れるその手が欲しかったから、電話は出来なかったのだという言葉を飲み込んで、獄寺は小さく礼の言葉だけを音の乗せた。



End