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雲♀獄 B

好きだと告げる声が優しいから、
腕を握る手が暖かいから、

より一層、雲雀の存在を遠くに感じた。



(だからって、流されるとか…)



振り払えなかった理由は、言い訳を並べれば並べる程嘘っぽくなる。
雲雀の腕を拒絶出来なかった。
あの時、獄寺は雲雀を受け入れていた。

だから今も獄寺は応接室に居て、且つ、お茶まで振る舞われている。
煎れたのは副委員長の草壁だが、その行為が意図する事は明白だ。
昨日までは当たり前だった応接室に二人きりという事象を、なんだか変に意識してしまう。
小さく唸って紅茶を啜ると、雲雀が小さく笑ったのが目の端に映った。

「獄寺」
「…んだよ」
「僕が昨日言ったこと気にしてる?」
「別に…んなこと、ない」
「困らせるつもりは無かったんだけどね」
「だから、気にしてねぇって」
「それは嘘」

執務机とソファー。
物理的な距離をとってなされる会話に、不意にもどかしさを感じた。
昨日あれほど近くで感じた温度が遠い。

泣くなら此処で泣けと広げられた腕や、意外に熱かった体温。
獄寺をすっぽりと包み込んでしまった、彼女のものより長く逞しい腕。
少し早い鼓動の音。

雲雀の体温を上げたのが獄寺という存在の所為だと言った時の、言葉とは裏腹に渇いた音を乗せた固い声。

冷たく空虚で、優しくて果敢無い。

自分はこの恋を終わらせるつもりなのだと、はっきりと相手に伝えるためのような告白に、鈍い痛みを覚えた。

「なんでわかんの?」
「何が?」

目の奥がじんわりと熱くなる。
これでも、嘘は得意な方なのだ。
嘘で固めて、取り繕って、なんとか『自分』をやっている。
なのに、何故この男には通じないのか。
否、この男だから通じないのか。

「なんで、お前は俺がわかんの?」

喉が渇いて、へばり付きそうだった。
真っ直ぐ射抜く視線が痛い。
それでも、その視線に晒されていることが心地好かった。
昨日の、諦めたように終ぞ獄寺を見ない瞳に焦燥を覚えたのは獄寺自身で。
応えるべき言葉をいまだ見付けられないのに、諦められてしまうのだけは嫌だと思った。


「君のことが好きだったから」
「もう、過去形?」
「判らない。僕としては過去形にしたいけど」


ねぇ、僕は君から何も奪いたくはないんだよ。
でも、同じだけ君に奪われたくもないんだ。
今の僕は奪われる一方で、このままでは君を好きな僕を、僕は嫌いになってしまいそうなんだ。
その上、君の事まで嫌いになってしまったら、僕の中にあるほんの少しの『まともな』感情まで無くなってしまう気すらするんだ。


「僕は綺麗に昇華した思いが欲しい。だから、過去形にしたいし、多分遠からず君は僕の過去になると思う」


獄寺にとって複雑怪奇な理論を述べて、雲雀は目を伏せる。


「昨日君を抱きしめなければよかった」


ぽつりと零された言葉に、視界が歪んだ。


僕に縋って泣く君を愛しいと思ったのに、抱きしめた君は生身の女の子だったから、僕は僕の劣情に気が付いてしまったんだよと、雲雀はゆっくりと瞳を開いた。


「ねぇ、今なら逃がしてあげるから」


僕が僕を抑えられる今のうちに、僕の過去になってよと。

昨夜とは打って変わって、狂ったような熱を孕んだ瞳の色にぞくりと鳥肌が立った。


「逃げないって言ったら…?」
「…逃げてよ、お願いだから」


微動だにしない雲雀に感化されちかのように、獄寺も動けなかった。
雲雀が望むのは獄寺からの拒絶で、獄寺が望むのは雲雀からの許容で。


「俺は、お前から奪いたいだなんて思ってない」
「僕だって、君からは何一つ奪いたくないよ」
「でも、欲しいんだ」
「僕はあげたくない」


君が望むものは僕じゃない。

僕以外の何も望まないというならば、全てを差し出したって構わないのだけれど。



「与えられるだけなんて、狡いよ…獄寺」



(きっと僕は直に空っぽになるだろう。その時、君を酷いカタチで失いそうで怖いんだ)



→C

雲♀獄 A

「獄寺」
「…んだよ」

前を歩く獄寺に声を掛ける。
少し気怠そうな応答は、夜の闇に溶けた。
テンポ良く歩道橋の階段を昇る後ろ姿。ヒラヒラと揺れる丈の短いスカートに、彼女の存在そのものが風紀を乱す要因だと思った。

「そんな短いスカートで、男の前を歩くもんじゃないよ」

特に階段ではと付け加えれば、「どうせお前は見ねぇだろ」と軽い調子で返された。

「そういう問題じゃない」
「じゃ、どうゆう問題だよ」

挑発するように笑って、獄寺が身を翻す。
ひらりと舞うスカートから意識的に視線を外して「それでも女か」と毒吐いた。

「お前の隣歩くとか、嫌じゃん?」
「知らないよ、そんな事」
「俺、お前、嫌いだし」

そんな獄寺に、雲雀は鼻を鳴らして明後日の方を向く。
ほんの小一時間程前、その嫌いな男に縋って泣いたのは誰だと呆れながら、雲雀は階段を昇って獄寺の隣に立った。

「威勢だけは良いね。泣き虫の癖に」
「お前と違って、俺は繊細なんだよ」

少々ばつが悪そうにガシガシと頭を掻く獄寺の腕を掴んで、ぐっと身体を寄せた。

「僕に縋って泣いた癖に」

詰まった距離に少しだけ怯んだように身体を固くする獄寺に、さらに一歩近寄って囁く。
小さく息を詰める獄寺に、闇い愉悦が腹の底で蠢いた。

此処まで自分の思い通りの反応をしてくれる相手は、貴重かもしれない。

そんな事を思いながら、さらに獄寺を引き寄せた。
殆ど零距離でその瞳を凝視すれば、羞恥心か警戒心か、獄寺の目元がうっすらと赤みを帯びる。
吐息がかかる程肉薄しつつも、それ以上は何も言わない雲雀に、獄寺はどうしたら良いか判らないと言うように首を左右に振った。

「雲、雀…?」
「何?」
「何って、その…近くね?」
「近いね」
「や、あの、離れ…」
「どうして僕が君の指示に従わなきゃいけないの」

平行線の会話に焦れて、空いている方の手で雲雀を押し戻そうとすれるも、その手はすぐに雲雀によって絡め取られる。
両手とも拘束されて悔しそうに歯噛みする獄寺を一瞥して、雲雀はコトリと獄寺の肩に頭を預けた。
思わずビクリと肩を揺らす獄寺に、「動くな」と一蹴して腕を握る手に力を込める。
ギリッと鳴った手首に舌打ちして力を抜けば、雲雀も少しだけ握力を弱めた。

「なんなんだよ、お前」

力無く獄寺が呟く。
歩道橋の階段の途中で、もう夜と言っていい時間帯に中学生が二人。
あって然るべき人通りは、こんな日に限って絶無で。
静寂が支配する夜色の空間に、さして親しくも無い男と寄り添っているという事実は、酷く現実感が無かった。



「僕はね、獄寺」



いい加減夜風に身体が冷えた頃、雲雀が唐突に口を利いた。

「僕は、君が好だった」

出し抜けに告げられた言葉は、告白と呼ぶには余りに渇いていて。
相応の熱を孕むこともなく、どこまでも空虚で冷たい。
ただそこに在った事実を述べる様に、淡々と獄寺の耳に注ぎ込まれた。

「好きだったけど、でもそれだけなんだ」

雲雀が言葉を発する度、彼の吐息が首筋を擽る。
それは不思議と不快感を伴わず、代わりに彼という存在すら希薄にさせた。

決して向けられない視線に焦燥が募る。

雲雀が獄寺を好きだと口に出したのはこれが初めてだが、獄寺は薄々雲雀の好意に気が付いてはいた。
あれだけ熱を孕んだ視線に晒されて、その意味を読み取れない程鈍くは無い。
だからこそ、言葉は悪いが利用していた点があったのも事実なのだ。

無条件の肯定は心地好い。

雲雀の織り成す空間は獄寺にとって都合の良い事象で満ちていた。

許された箱庭の安寧は獄寺が求めるものであり、雲雀が獄寺に差し出す全てだったのに。


ぶれた視線と過去形になった思いの吐露に、どうしようもない不安が募った。







(まるで諦めるための準備の様な告白に、俺は思わず耳を塞いだんだ)




→B

雲♀獄 @

『何もかもが嫌になる日』というものがある。
朝、起きて顔を洗うために洗面台の前に立った。
鏡の中には寝ぼけた顔をした、ボサボサの髪の女が一人。

その瞬間確信した。

嗚呼、今日はダメだ、と。

何がダメとか、どうしたら良いとか、そんな理屈を抜きにして本当に『今日』という日は『ダメ』だと悟った。
どうしようもなく全てが嫌で、なにもかもどうでも良くて、ふとした瞬間泣きたくなる程の絶望感を感じる日。

出しっぱなしだった水道の水が、ゴボゴボと音を立てて排水溝に呑み込まれる。
そんな様すら酷く滑稽で、非日常に見えて、息苦しくなる程不愉快だった。



+++++



学校に着く頃には無気力感はピークに達していて、なんとか十代目を教室まで送り届けてから、即行で応接室の扉を開いた。
こんな気分のまま教室に居れば、自分が何時キレるか判らない。
そうしたらまた、十代目に悲しい顔をさせてしまう。
自分の所為で十代目を煩わせたら、今日の俺は本当に自殺でもし兼ねない程凹むだろう。
だから、誰にも会わなくて済むこの部屋は、今日のような日の俺の逃げ場だった。


少々建て付けの悪い音と共に開いた空間に、わずかに目を見張った。
閑散とした室内は本当に誰も居ない。
いつも、いつでも、当たり前のように居る黒い学ランの不在に眉が寄る。

どうして居ないんだ、こんな日に。
いつも居る癖に、どうして、『今日』は。

ぐらぐらと地面が揺れて目眩がする。
やっぱり今日は日常が壊れる日だ。

嗚呼、イヤすぎて吐き気がする。
折角八つ当たりしに来てやったのに、と居もしない奴に毒吐く自分がイヤすぎる。

ふて腐れてソファーにダイブした。
粗雑な振る舞いに呆れた様に息を吐く部屋の主を幻視して、また胃がひっくり返った様な嘔吐感と、世界で一人ぼっちになってしまったような孤独感が交互に押し寄せる。

全てを無視したくて目を閉じた。

抱き潰したクッションから部屋の主の匂いがして、息が詰まって死んじゃえれば良いのにと、涙が滲みそうになる両目を押し付けて呟いた。



+++++



ふと自分を包む奴の香りが濃くなった気がして、ぼんやりと目を開いた。
最悪だった気分は幾分か落ち着いて、それでもまだ訳の判らないもやもやとした不安が胃を硬くする。
小さく舌打ちして寝返りを打つと、いつの間にか掛けられていた間服のセーターがずるりと肩から落ちた。
首を回して辺りを見ても、相変わらず応接室に人の気配はなし。
代わりにテーブルの上、『寝るなら保健室』と走り書きされた簡素なメモが視界に留まる。
少し筆圧の強い癖の無い字はは奴のものだ。
もう一度舌打ちをしてから、セーターを羽織って立ち上がる。

誰が保健室なんか行くかと毒吐いて、メモをくしゃくしゃに丸めて、一瞬逡巡してからポケットに突っ込んで応接室を出た。

保健室には自称保護者の優しい大人がいる。
だから行かない。

こんな日は『好きな人』と『優しい人』には会いたくなかった。




→A

雲♀獄



ぐずぐずと背中に頭を預けて獄寺が泣くから、どうしたものか、どうしたら正解か、頭の片隅で考えながら手は勝手に報告書の頁をめくった。
文字の上を上滑りする視線は、情報として文章を解さない。
ただの記号の羅列となった冊子を無為にめくりながら、一体どれくらいそうしている事か。


「…ごめん」
「なにが」


何に対する謝罪か、獄寺が久しぶりに啜り上げる以外の音を発した事に安堵して言葉を拾う。
自分が他人の感情の機微に疎い事は百も承知で、だからどんな小さなサインも見逃すまいと全神経を彼女が次に発するであろう言葉に傾けた。

『ちょっと背中貸せ』

小一時間程前にふらりと応接室を訪れた獄寺は、挨拶もそこそこにいきなり雲雀の背中にもたれ掛かってきた。
べつに初めての事ではない。
彼女は自分の中に限界まで感情を溜め込んで、決壊しそうになると此処に来る。
上手く言葉にできない感情の渦に呑まれた時、唯なにも問わずに好きに泣かせてくれる場所は此処だけなのだと、以前呟いたのを覚えている。

(問わない、は違うか)

問えないだけだと胸の内で嘆息して、雲雀は首を反らして背後を見遣った。
微かに揺れる銀髪を撫でたいと思うのは過ぎた好意だろうか。
背中くらい幾らでも貸すと上手く伝えられない自分がもどかしい。
叶うならいますぐ振り返って、その華奢な肩を抱きしめたいとさえ思う。


(君はそんな事、望みゃしないんだろうけど)


獄寺の中の自分の位置は一体どのくらいなのか。
友人か、知り合いの上級生か。
抱き枕より高い地位では在りたいが、おそらく彼女の中に占める『雲雀恭弥』の割合は高くないのだろう。
自分が泣き場所に選ばれたのは、単に『他人に興味が無い』と彼女の中で認識されているからだろう。
それは大半が正解で、ひとつだけ大きく違う。
『他人』に興味は無いが、『君』には関心があるのだと言ってしまえば、彼女は泣き場所を変えてしまうだろうか?

獄寺は雲雀にどうして泣いているか、何が悲しいか一切言わない。
それは結局、雲雀に弱さを暴け出している訳でも、頼っている訳でも無いと同義だ。
結局全部自分で背負い込む癖に、中途半端に縋られても何も出来ない。


「君にとって、僕は何?」
「…ぇ?」
「泣き場所が欲しいだけなら、一人になれる所を探せば良い。なんで君はわざわざ僕なんかの背中に張り付くの」
「…迷惑、なのは知ってる、けど」
「違う。君は何にも判ってない」


迷惑だとかそんな事ではない。
迷惑なら初めから、泣き場所なんか提供しはしないのだ。
その逆だから、戸惑っている。
どんな理由であれ、獄寺の依り処となれるならそれで良いと、彼女が感情をコントロール出来ないほど追い詰められるのを望んでしまう。

そんな己の劣情を自覚した時、最低だと唾棄したい気分だった。

最悪な自分に嫌気が差すのに、彼女が扉を開くのを待ってしまうのも確かに雲雀自身なのだ。


「理由とか、そんな事は聞かない」

(きっと聞いても理解できる気はしないから)

「でも、泣くならせめてこっちで泣いて」


くるりと体を反転させて、正面から向き合った。
虚を突かれた様に見開かれ大きな瞳の中に、雲雀の濃い影が映り込む。
泣き腫らした目元をそっと一撫でしてから、両腕を広げた。


「どうする?僕はこれでも忙しいんだけど」


困惑した様に見開かれる目には、今だ涙の膜が張っている。
全てを一人で抱え込もうとするくせに、誰かに縋りたくて仕方が無い彼女の弱みに付け込むのは、果たして卑怯者の行いだろうか?


広げた腕に手が伸ばされたら、とりあえず力いっぱい抱きしめてみようか。
それからの事は、獄寺が泣き止んでから考えればいい。



End
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