「獄寺」
「…んだよ」

前を歩く獄寺に声を掛ける。
少し気怠そうな応答は、夜の闇に溶けた。
テンポ良く歩道橋の階段を昇る後ろ姿。ヒラヒラと揺れる丈の短いスカートに、彼女の存在そのものが風紀を乱す要因だと思った。

「そんな短いスカートで、男の前を歩くもんじゃないよ」

特に階段ではと付け加えれば、「どうせお前は見ねぇだろ」と軽い調子で返された。

「そういう問題じゃない」
「じゃ、どうゆう問題だよ」

挑発するように笑って、獄寺が身を翻す。
ひらりと舞うスカートから意識的に視線を外して「それでも女か」と毒吐いた。

「お前の隣歩くとか、嫌じゃん?」
「知らないよ、そんな事」
「俺、お前、嫌いだし」

そんな獄寺に、雲雀は鼻を鳴らして明後日の方を向く。
ほんの小一時間程前、その嫌いな男に縋って泣いたのは誰だと呆れながら、雲雀は階段を昇って獄寺の隣に立った。

「威勢だけは良いね。泣き虫の癖に」
「お前と違って、俺は繊細なんだよ」

少々ばつが悪そうにガシガシと頭を掻く獄寺の腕を掴んで、ぐっと身体を寄せた。

「僕に縋って泣いた癖に」

詰まった距離に少しだけ怯んだように身体を固くする獄寺に、さらに一歩近寄って囁く。
小さく息を詰める獄寺に、闇い愉悦が腹の底で蠢いた。

此処まで自分の思い通りの反応をしてくれる相手は、貴重かもしれない。

そんな事を思いながら、さらに獄寺を引き寄せた。
殆ど零距離でその瞳を凝視すれば、羞恥心か警戒心か、獄寺の目元がうっすらと赤みを帯びる。
吐息がかかる程肉薄しつつも、それ以上は何も言わない雲雀に、獄寺はどうしたら良いか判らないと言うように首を左右に振った。

「雲、雀…?」
「何?」
「何って、その…近くね?」
「近いね」
「や、あの、離れ…」
「どうして僕が君の指示に従わなきゃいけないの」

平行線の会話に焦れて、空いている方の手で雲雀を押し戻そうとすれるも、その手はすぐに雲雀によって絡め取られる。
両手とも拘束されて悔しそうに歯噛みする獄寺を一瞥して、雲雀はコトリと獄寺の肩に頭を預けた。
思わずビクリと肩を揺らす獄寺に、「動くな」と一蹴して腕を握る手に力を込める。
ギリッと鳴った手首に舌打ちして力を抜けば、雲雀も少しだけ握力を弱めた。

「なんなんだよ、お前」

力無く獄寺が呟く。
歩道橋の階段の途中で、もう夜と言っていい時間帯に中学生が二人。
あって然るべき人通りは、こんな日に限って絶無で。
静寂が支配する夜色の空間に、さして親しくも無い男と寄り添っているという事実は、酷く現実感が無かった。



「僕はね、獄寺」



いい加減夜風に身体が冷えた頃、雲雀が唐突に口を利いた。

「僕は、君が好だった」

出し抜けに告げられた言葉は、告白と呼ぶには余りに渇いていて。
相応の熱を孕むこともなく、どこまでも空虚で冷たい。
ただそこに在った事実を述べる様に、淡々と獄寺の耳に注ぎ込まれた。

「好きだったけど、でもそれだけなんだ」

雲雀が言葉を発する度、彼の吐息が首筋を擽る。
それは不思議と不快感を伴わず、代わりに彼という存在すら希薄にさせた。

決して向けられない視線に焦燥が募る。

雲雀が獄寺を好きだと口に出したのはこれが初めてだが、獄寺は薄々雲雀の好意に気が付いてはいた。
あれだけ熱を孕んだ視線に晒されて、その意味を読み取れない程鈍くは無い。
だからこそ、言葉は悪いが利用していた点があったのも事実なのだ。

無条件の肯定は心地好い。

雲雀の織り成す空間は獄寺にとって都合の良い事象で満ちていた。

許された箱庭の安寧は獄寺が求めるものであり、雲雀が獄寺に差し出す全てだったのに。


ぶれた視線と過去形になった思いの吐露に、どうしようもない不安が募った。







(まるで諦めるための準備の様な告白に、俺は思わず耳を塞いだんだ)




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