ただ一人の為に働く思考。
君の心を、
暴きたい。
この感情の名前を、僕は知らない。
唯、何よりも愛おしいけれど。
■雨の檻
夏の夕立はいつも突然だ。
激しい雨音に当分は帰れないなと、傘を持って来なかった今朝の自分を呪う。
エアコンをフル稼働させても、一度吹き出して乾いた汗は不快なべたつきを残すばかりだった。
先程からぺたりと窓に張り付いた銀髪を片目で見遣る。
不愉快そうにしかめられた眉間の皺が、水鏡とかした窓に映っていた。
激しさを増すばかりの雨に遮断され、外部の音は殆ど聞こえない。
まるで、世界からこの狭い空間だけ切り離されてしまったかの様に感じた。
「…雲雀」
「なに?」
「じろじろ見んな」
執務机に片肘ついて、硝子越し。
他に見るものが無いからとぼんやりと眺めていた獄寺と、かちりと視線が合った。
「俺なんか見ても面白くねぇだろ」
「面白いかどうかは、君が判断することじゃない」
雨粒とけぶる街を眺めて移ろう視線と、普段ならざる無機質で硬質な横顔は珍しくて。
貴重なその表情を網膜に焼き付けようと、僕の意志とは無関係に視線が追いかけているのだ。
「でも、まぁ面白いよ」
「失礼な奴」
呆れた様に吐き出す声は、それでも出会った頃よりは随分と柔らかい。
錯覚、してしまいそうになる。
測りかねる僕らの距離は、僕が思うほど遠くはないのでは無いかと。
「お前の視線、なんかむず痒い」
「なにそれ」
「無駄に甘ったるいからさ、なんか…困る」
俺、なんか勘違いしちまいそう。
振り向かないまま、少し俯いた彼が囁いた。
それは決して幻聴なんかでは無い証拠に、銀髪の隙間から覗く耳がほんのりと朱を帯びている。
窓を打つ雨音。
どんよりと空を覆う雲。
薄暗い校内。
群れていない君。
硝子越しの視線。
嗚呼、白昼夢かと納得した。
だって僕に都合が良すぎるのだ。
世界から隔離するように降る雨も、傘を忘れた僕も、雨宿りと称して此処に訪れた君も。
僕が作り出した夢ならば、僕にとって甘く優しいのも頷ける。
「獄寺」
「…んだよ」
「あまりに都合が良いから、僕は夢と現実の区別が曖昧になってしまいそうだ」
「…意味解んねぇ」
暑さで沸いたかよと吐き捨てて、硝子越しの視線がずれる。
代わりに射抜くような直接的な視線をぶつけられて、我知らず口角が吊り上がった。
やっぱり硝子越しでは現実感が無い。
硝子越しにはにかむ君は、確かにとても僕に甘い夢を与えるけれど、やっぱりそれは虚像であって君では無いのだ。
直線的な視線で射抜く、現実の君に及びはしない。
でももう惑わされてはやれないのだ。
僕は現実に回帰した。
おそらく、君も。
…視線が交わった瞬間に、互いの夢を断ち切ったのだから。
「雨宿りはおわりだよ。もう群れへ帰りな」
「言われなくても、そろそろ頃合いだ」
ちらりと壁に掛かった時計に視線を走らせてから、獄寺は踵を返して扉に手を掛けた。
いつの間にか弱くなった雨音の合間から、終業を告げるチャイムがやけに耳につく。
補習の終わる頃合いかと、肺の中に溜め込んだ空気をため息と共に追い出した。
獄寺が此処にいる最大にして唯一の理由。
彼は待っていただけなのだ。
敬愛する『十代目』とやらの赤点補習の終了を。
「また、雨が降ったら…来る、かも」
「ああ」
焦燥にも似たこの気持ちは何なのだろう。
雲が世界を支配する一時だけ、獄寺はふらりと僕の元を訪れる。
どんな意図があっての事か、そもそも意味など最初から有りはしないのか。
一時の衝動によって動けない僕らは、その時間をも持て余す。
凝り固まった意地とプライドを棄てて誰かを求められるほど、僕らはまだ大人になれてはいないのだ。
End
きっと一番判りやすくて、難解な。
単純で愚かしい僕と君と雨と世界。