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雲♀獄 @

『何もかもが嫌になる日』というものがある。
朝、起きて顔を洗うために洗面台の前に立った。
鏡の中には寝ぼけた顔をした、ボサボサの髪の女が一人。

その瞬間確信した。

嗚呼、今日はダメだ、と。

何がダメとか、どうしたら良いとか、そんな理屈を抜きにして本当に『今日』という日は『ダメ』だと悟った。
どうしようもなく全てが嫌で、なにもかもどうでも良くて、ふとした瞬間泣きたくなる程の絶望感を感じる日。

出しっぱなしだった水道の水が、ゴボゴボと音を立てて排水溝に呑み込まれる。
そんな様すら酷く滑稽で、非日常に見えて、息苦しくなる程不愉快だった。



+++++



学校に着く頃には無気力感はピークに達していて、なんとか十代目を教室まで送り届けてから、即行で応接室の扉を開いた。
こんな気分のまま教室に居れば、自分が何時キレるか判らない。
そうしたらまた、十代目に悲しい顔をさせてしまう。
自分の所為で十代目を煩わせたら、今日の俺は本当に自殺でもし兼ねない程凹むだろう。
だから、誰にも会わなくて済むこの部屋は、今日のような日の俺の逃げ場だった。


少々建て付けの悪い音と共に開いた空間に、わずかに目を見張った。
閑散とした室内は本当に誰も居ない。
いつも、いつでも、当たり前のように居る黒い学ランの不在に眉が寄る。

どうして居ないんだ、こんな日に。
いつも居る癖に、どうして、『今日』は。

ぐらぐらと地面が揺れて目眩がする。
やっぱり今日は日常が壊れる日だ。

嗚呼、イヤすぎて吐き気がする。
折角八つ当たりしに来てやったのに、と居もしない奴に毒吐く自分がイヤすぎる。

ふて腐れてソファーにダイブした。
粗雑な振る舞いに呆れた様に息を吐く部屋の主を幻視して、また胃がひっくり返った様な嘔吐感と、世界で一人ぼっちになってしまったような孤独感が交互に押し寄せる。

全てを無視したくて目を閉じた。

抱き潰したクッションから部屋の主の匂いがして、息が詰まって死んじゃえれば良いのにと、涙が滲みそうになる両目を押し付けて呟いた。



+++++



ふと自分を包む奴の香りが濃くなった気がして、ぼんやりと目を開いた。
最悪だった気分は幾分か落ち着いて、それでもまだ訳の判らないもやもやとした不安が胃を硬くする。
小さく舌打ちして寝返りを打つと、いつの間にか掛けられていた間服のセーターがずるりと肩から落ちた。
首を回して辺りを見ても、相変わらず応接室に人の気配はなし。
代わりにテーブルの上、『寝るなら保健室』と走り書きされた簡素なメモが視界に留まる。
少し筆圧の強い癖の無い字はは奴のものだ。
もう一度舌打ちをしてから、セーターを羽織って立ち上がる。

誰が保健室なんか行くかと毒吐いて、メモをくしゃくしゃに丸めて、一瞬逡巡してからポケットに突っ込んで応接室を出た。

保健室には自称保護者の優しい大人がいる。
だから行かない。

こんな日は『好きな人』と『優しい人』には会いたくなかった。




→A

中/日

獄誕

会いたいだなんて、口が裂けても言えない。
そんな俺の強がりを、誰よりも知っているのは、彼奴だと思っていた。



After Birthday


後一分で今日が終わる。
時計の長針を睨みつけたまま、獄寺は抱えていた枕をいっそう強く抱き潰した。
時計の針が完全に重なった瞬間、無意識に零れる溜め息がやけに大きく聞こえる。
九月十日と表示を変えた時計を伏せて、そのまま枕に顔を埋めた。

今年は一緒に祝うのは無理かもしれないと、聞かされてはいた。
彼が忙しいのは知っているし、自分だってそんなに時間が取れる方ではない。
約束をドタキャンするのは既に日常で、破られる為の約束を交わすのは最早意地かもしれなかった。
それでも毎回『次』の約束を取り付けるのは、それが互いに必要な事だからだと思う。
思うのだが、さすがい今回は堪えた。
かれこれもう半年は彼の顔を見ていない。
国際電話は高くつくからと、あまり長話もできはしないし、筆不精な奴らしくメールさえ滅多にこない。
今だって多分、彼は海の向こう側だ。

もう一つ大きな溜め息を吐いてから、獄寺は布団を頭から被ってベッドの中に潜り込んだ。

今日はもう寝てしまおう。
始めから会えないと宣言されていたんだ。
約束を破られた訳でも無いし、なんて事はない。

そう自分に言い聞かせながら、きつく目を瞑る。
一瞬視界の端を掠めた『彼以外』からの誕生日の贈り物が、憂鬱な気分にさらに影を落とした気がして。
それを振り払うように、眠りの世界に己を沈めた。



+++++



外から朝日が差し込んで、浅い眠りを揺蕩っていた意識に覚醒を促す。
そういえばカーテンを引いていなかったかと、ぼんやりと思い当たった。

そういえば自分はいつの間に眠ったのだろう。

鳴るはずも無い携帯を見詰めていたのは覚えている。
未練がましく時間を確認したときは一時を回っていたから、多分そのくらいか。
自分の女々しさに呆れを通り越して笑いが込み上げてくる。
女でもあるまいし、どんな乙女思考だと思いながら重い瞼を持ち上げた。
と、同時に自分が身動きできないことに遅まきながら気付く。
なにかにしっかりホールドされている己を訝しみながら視線を巡らせると、視力の悪い視界に見覚えの無い布地が飛び込んできた。



「は…?って、え?」



寝起きの頭は回転不足で情報が繋がらない。
自分で言うのも何だが、警戒心は強い方であるはずで、易々と自分のテリトリーに侵入を果たす輩なんかそうそうは居ないはずなのに。


「…ん、もう朝?」


聞き覚えのある声が頭上で響いて、思考は余計にパニックを起こす。

いや、まさか。

だって、嘘だろう?


「あぁ…まだ二時間も寝てないのに…」


そんな獄寺の混乱にはお構いなしに、頭上から響く声の主は獄寺をがっちりと抱き直して『後三十分だけ』と再び眠りの体制をとる。
一方、眠たそうな声に、やっと侵入者の正体が解った獄寺は『信じらんねぇ』と口の中で呟いた。




+++++




「いつでも来いって、合い鍵くれたのは君でしょう?」

生欠伸を噛み殺しながら、雲雀は不機嫌そうに獄寺を睨みつけた。

「僕は寝てないんだ。それを叩き起こすなんてどういう了見?」
「五月蝿ぇよ、この不法侵入者」
「合い鍵で入ったから不法侵入じゃない」
「屁理屈はいいんだよ。テメェ今イタリアじゃなかったのか」
「昨日まではね」

さらりと返して雲雀は不機嫌そうに頭を掻いた。

「これでも急いで帰ってきたんだ。なのに君は寝こけてるし、連絡だってして来ないし、拍子抜けだ」
「…は…?」
「昔の君なら『俺の誕生日に会えねぇとか、マジありえねぇ』って吠えたのに…物分かり良くなんてならないでよ、隼人」


君の我が儘が聞きたくなってわざと連絡しなかったのに、物分かり良く諦めるなんて君らしくない。

そんなこと僕は望んでない。


ツンとそっぽを向いてそんな嬉しい事を言うから。
我知らず、獄寺の口角がゆるゆると上がる。
昨日のあの寂寥感が嘘のように満たされて、思わず破顔した。


「遅ぇんだよ、バーカ」


俺の誕生日昨日だぞと、わざと拗ねたように言えば、一日くらい時差の内だと頭を小突かれた。


「わざわざ来といて、言うことねぇのかよ」
「君こそ、わざわざ来てやった僕に、言うこと無いの?」
「そんなに俺に会いたかったかよ」
「それは君でしょう」


雲雀の台詞に、ぐっと返答に詰まる。
その一瞬の間が、言葉よりも雄弁な意思表示となって、雲雀はにやりと意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「携帯握り締めてふて寝するくらいなら、君から電話してみなよ…意地っ張り」


なにもかもお見通しだと言わんばかりの台詞に、反論するべくもなく、獄寺は無言で雲雀に背を向けて布団に潜り込んだ。


「隼人?」
「寝る」
「寝るって、君、仕事は?」
「今日は行かねぇ」
「仕事の虫が、珍しいね」
「うるせー、お前も早く寝ちまえよ。目の下、隈作りやがって」


ブツブツ文句を言いながら首を回して雲雀を見上げる。
その揺れる光彩に心配そうな色を見て、雲雀は降参と言うように両手をあげた。


「いつまで、休みだ?」
「今日を入れて三日間」
「なら明日は付き合えよ?」
「その為の休暇だからね」
「んなら、今日はさっさと寝ちまえ、バーカ」
「隼人」
「あー?」
「誕生日、おめでとう」


言葉と同時にくしゃりと髪を撫でられて、反射的に枕に顔を埋めた。
触れるその手が欲しかったから、電話は出来なかったのだという言葉を飲み込んで、獄寺は小さく礼の言葉だけを音の乗せた。



End
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