ぐずぐずと背中に頭を預けて獄寺が泣くから、どうしたものか、どうしたら正解か、頭の片隅で考えながら手は勝手に報告書の頁をめくった。
文字の上を上滑りする視線は、情報として文章を解さない。
ただの記号の羅列となった冊子を無為にめくりながら、一体どれくらいそうしている事か。


「…ごめん」
「なにが」


何に対する謝罪か、獄寺が久しぶりに啜り上げる以外の音を発した事に安堵して言葉を拾う。
自分が他人の感情の機微に疎い事は百も承知で、だからどんな小さなサインも見逃すまいと全神経を彼女が次に発するであろう言葉に傾けた。

『ちょっと背中貸せ』

小一時間程前にふらりと応接室を訪れた獄寺は、挨拶もそこそこにいきなり雲雀の背中にもたれ掛かってきた。
べつに初めての事ではない。
彼女は自分の中に限界まで感情を溜め込んで、決壊しそうになると此処に来る。
上手く言葉にできない感情の渦に呑まれた時、唯なにも問わずに好きに泣かせてくれる場所は此処だけなのだと、以前呟いたのを覚えている。

(問わない、は違うか)

問えないだけだと胸の内で嘆息して、雲雀は首を反らして背後を見遣った。
微かに揺れる銀髪を撫でたいと思うのは過ぎた好意だろうか。
背中くらい幾らでも貸すと上手く伝えられない自分がもどかしい。
叶うならいますぐ振り返って、その華奢な肩を抱きしめたいとさえ思う。


(君はそんな事、望みゃしないんだろうけど)


獄寺の中の自分の位置は一体どのくらいなのか。
友人か、知り合いの上級生か。
抱き枕より高い地位では在りたいが、おそらく彼女の中に占める『雲雀恭弥』の割合は高くないのだろう。
自分が泣き場所に選ばれたのは、単に『他人に興味が無い』と彼女の中で認識されているからだろう。
それは大半が正解で、ひとつだけ大きく違う。
『他人』に興味は無いが、『君』には関心があるのだと言ってしまえば、彼女は泣き場所を変えてしまうだろうか?

獄寺は雲雀にどうして泣いているか、何が悲しいか一切言わない。
それは結局、雲雀に弱さを暴け出している訳でも、頼っている訳でも無いと同義だ。
結局全部自分で背負い込む癖に、中途半端に縋られても何も出来ない。


「君にとって、僕は何?」
「…ぇ?」
「泣き場所が欲しいだけなら、一人になれる所を探せば良い。なんで君はわざわざ僕なんかの背中に張り付くの」
「…迷惑、なのは知ってる、けど」
「違う。君は何にも判ってない」


迷惑だとかそんな事ではない。
迷惑なら初めから、泣き場所なんか提供しはしないのだ。
その逆だから、戸惑っている。
どんな理由であれ、獄寺の依り処となれるならそれで良いと、彼女が感情をコントロール出来ないほど追い詰められるのを望んでしまう。

そんな己の劣情を自覚した時、最低だと唾棄したい気分だった。

最悪な自分に嫌気が差すのに、彼女が扉を開くのを待ってしまうのも確かに雲雀自身なのだ。


「理由とか、そんな事は聞かない」

(きっと聞いても理解できる気はしないから)

「でも、泣くならせめてこっちで泣いて」


くるりと体を反転させて、正面から向き合った。
虚を突かれた様に見開かれ大きな瞳の中に、雲雀の濃い影が映り込む。
泣き腫らした目元をそっと一撫でしてから、両腕を広げた。


「どうする?僕はこれでも忙しいんだけど」


困惑した様に見開かれる目には、今だ涙の膜が張っている。
全てを一人で抱え込もうとするくせに、誰かに縋りたくて仕方が無い彼女の弱みに付け込むのは、果たして卑怯者の行いだろうか?


広げた腕に手が伸ばされたら、とりあえず力いっぱい抱きしめてみようか。
それからの事は、獄寺が泣き止んでから考えればいい。



End