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自分自身の身に起こったことがなかった分“社内恋愛”という言葉は、
何となく憧れにも似た響きを持っていて。
恋人と同じ会社で働くということがどういうことなのか。
新入社員に毛が生えた程度の私には、やっぱりまだ理解できていないのかもしれない。
勘違いするなよ 〜主任と私 part.3〜
主任と付き合いを始めたからといって、特別なことは何も起こらないだろうし、
勤務中に主任がアイコンタクトをとってくれたりなんてことも、全く期待できないことは分かっている。
だから、今日と昨日で違うのはプライベートの範疇であって。
会社内での拘束時間中は、何も変わらない。
……何も。
「よーしだぁーっ!」
「ひっ!」
「ちょっと!」
少し離れた席から。
主任が凄い形相で私に手招きをしていて。
――まずい
――これ、かなり高レベルで、まずい
さすがに無視する訳にもいかないから、恐る恐る主任の机の横につく。
「何だコレは」
「えっ」
「お前、ちゃんと自分で読み返したか?」
「…の、つもりですけど」
「そうとは思えんが」
私の言葉が何も聞こえなかったかのように強い力で書類を突き返される。
主任に頼まれて、私の作った資料だ。
「2枚目と、最終ページな」
「え?」
「大至急やり直し」
「は?」
「やり直しっつったんだよ。早く戻れ!!」
「はいぃ!」
何だかよく分からないんだけど…めちゃくちゃ怒られた状態で席に戻る。
自分の席からもう一度、主任を見てみるけれど。
私の方を、向いてくれているはずもなく。
ため息を一つ零す。
「2枚目と…最終ページ?」
そこに何かしら原因がある、ということらしい。
「ウソ…」
水性のサインペンで赤丸がされているところ…
パソコンでの文字入力の誤変換と。一つは文節の切れ目まで間違えている。
最終ページも誤字が3つと…表の中の均等割付ができていない箇所が一つ。
「ありえない…」
「何がありえないって?」
「あ。佐々木先輩」
「それ、仲川の?」
佐々木先輩は主任より一つ年下だけど、
短大卒だから入社で言うと主任より一年上にあたる。
主任も私には結構厳しい言葉を浴びせるけど、ズバズバ発言する佐々木先輩にはほんのちょっと、遠慮があるっぽい。
「はい……何か、見落としばっかりで怒られました…」
「アイツ、さっちゃんに厳しいよね?」
「えぇ。…まぁ…」
その厳しい人と、昨日から付き合い始めただなんて。
先輩には口が裂けても言えない。
「今度、愚痴聞いてあげるよ」
「ありがとうございます。だいぶ、慣れましたけど」
うわぁ…こういう時の誤魔化し方。
コレで、合ってるんだろうか?
不倫してる訳でもないんだから、ごくごく親しい人には打ち明けても構わないはずだけど。
これ、主任に言ったらおそらく話す相手はひとりだけにしろとか何とか…言われるんだろうな。
「おい!」
「あー!ちょっと待ってください、大至急やりますんで!!」
佐々木先輩が離れた直後。
噂をすれば何とやらで、私の机のすぐ側に主任が立っている。
そんなことより、まだ手直しどころかファイルすら開いてないし…
「…帰るまででいいから」
「えっ?」
「だからってのんびりやるなよ。ついでにコレ」
「はぁ……」
すっとクリアファイルを渡されるから、つい流れで受け取ってしまう。
しかも…どさくさに紛れて仕事増やされたし。
……と、思ったら。
「これって…」
ぺらぺらのクリアファイルに入っていた紙は、いわゆる裏紙で。
真ん中に貼られた黄色い付箋紙には主任の殴り書きがある。
“怒鳴って悪かった。今から自販機の前”
裏紙の白い方ではなく、わざと印字のある面を使うなんて。
ずいぶんと手の込んだカモフラージュだ。
付箋を剥がし、どこかに保管しようかとも考えるけれど
こういう細かい証拠は残すべきではないと思い直し、
もう一度裏紙にくっつけたままシュレッダーにかける。
こんなめんどくさいことが、軽い気持ちで社内恋愛をするなという
主任の言葉と繋がっていくのだろうか。
シュレッダーに全て紙が飲み込まれるのを確認して。
エレベーターの東側にある自販機コーナーに足を踏み入れる。
もちろん、いかにも“飲み物を買いに来ました”という感じを装うことも忘れない。
順番待ちをしているようにして、先に来ていた主任の半歩後ろに立つと
自販機を向いたまま小声で私に話しかけてくる。
「コーヒー?」
「カフェオレで」
ガチャン、と缶のカフェオレが落ちて、
私が拾うよりも先に、主任が腰を落として取り出してくれる。
缶を手渡されるその瞬間、少しだけ互いの指先が触れて。
ドキッとしたのは。
……私だけ、なのかな。
「勘違いすんなよ」
「えっ?」
「仕事では容赦しないから」
「……はい」
私の顔をチラリと見ることもなく。
言いたいことだけ一方的に告げて、主任は私の元から去っていく。
そう言えば。
これと似たようなことが…以前にもあったような気がして。
その時には既に、私のことを気にかけてくれていたのだろうか?
それにしても。
「勘違いするなって…どういう意味かな」
いつもフォローしてもらえると思ったら大間違いだ?
それとも。
彼女だからって仕事面でプラスになるなんて考えてんじゃねぇぞ?
どちらにしろ、
プライベートを仕事に持ち込むなと…釘をさされたということだろう。
社内の席に戻って。
カフェオレのプルタブを引いてひと口流し込む。
「あれっ?」
電話のすぐ近くに転がっている、飴。
ちょっと前に私が主任にあげた…いちごみるくだ。
「んふふっ」
やっぱり。
勘違いしたくなっちゃうくらい、優しいよね。
仕事面で甘えるつもりなんて、最初からないけれど。
案外ミスした場合は…彼女の特権で許してくれてしまうんじゃないだろうか。
飲みかけの缶を机に置いて。
甘い甘い飴を口に含む。
「よしっ」
さっき叱られた問題のデータファイルを開いて。
帰るまで、ではなく大至急手直ししようと心に決める。
主任の想定内より早く仕上げたら……
また。
勘違いしたくなるようなことが。
起こるのかもしれない。
-END-
(あぁどうしよう。主任が甘すぎてダメ上司になりつつあるような……。このふたり、すぐ社内で噂になりそうw)
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