とりあえず、続編できました。
**********
昼休憩もあと10分で終わるという頃、既にデスクについている俺にひとりの女子社員が足早に近付いてきた。
「ちょっと、いい?」
俺のデスクに片手を置いて、小さな声で語りかけるのは、沙知が社内で最も親しい間柄の佐々木だ。
「あ?」
「さっちゃんから、聞いたから」
「……そうか」
何を?なんて聞き返すほど俺も野暮じゃない。
「可愛い後輩を泣かしたらタダじゃ済まないからね?」
「分かってるよ」
お前にそんなこと言われなくたって。
というセリフは、心の内だけに留めておく。
年下なのに、入社で言うと一年先輩に当たってしまう彼女は……実はほんの少し、苦手だ。
「それ、で?」
まさかその一言を伝えるためだけにここに来た訳じゃないよな?
「あー、ここじゃなんだからメールする。早めに確認して」
「分かった」
そんなに複雑な事情でもあるのかと思いながらも、軽く頷く。
と同時に、数名の男性社員が雑談をしながら部署に戻ってきた。
「じゃ」
佐々木は一言だけ言い残して、その人波に紛れるように俺のデスクから離れていく。
その後ろ姿を見送りながら、やはり前々から予想していた通り、彼女が社内で俺たちのことを知る第一号になってしまったかと心の中で呟く。
とりあえず、応援してくれているらしいから……沙知にとっては心強い味方になってくれるのだろうけど、
俺個人としては、借りばかり作ってしまうのではないかと不安を感じているのもまた事実だ。
それから数分も経たず、佐々木からのメールが届く。
社内用のメールを私用で使うのは厳密に言うと禁止だが、彼女とはプライベートの連絡先を交換していないのだからやむを得ない。
メッセージには、今夜の飲み会の帰りについて書かれてあった。
“ふたりで帰るための案”という文言にドキッとして、そう言えば帰りのことについて何も考えていなかったと気付かされる。
一次会で帰る人間と一緒になったとしたら、まず俺ではない誰かが沙知を送っていくことになるだろうし、それを遮って「俺が送る」と名乗り出るのはかなり不自然だ。
佐々木の提案は二次会は多分カラオケになるだろうから、それぞれ別のタイミングで店を出て、待ち合わせ場所で落ち合うというものだった。
俺はひとりで、彼女は沙知を連れて、待ち合わせ場所まで来てくれるらしい。
ざっと読んだ限りでは即興の案の割にはなかなか良くできている。
……しかし。
「ちょっ、と……待てよ」
沙知を連れて来た後カラオケ店まで佐々木ひとりを帰すのは、問題じゃないか?
「その案で良いけど、夜ひとりで店に戻るのはダメだろ」
前置きも何も無しにそれだけ送ったメールは、1分もせずに返信が届く。
「じゃ、山田くんと一緒に戻るから連れてきて。話は私からする」
――マジかよ
しかし、もう一人誰か別の社員に関係を打ち明けるとするならば、もう彼しか思い付かない。
「了解。よろしく頼む」
結局、そう返信するしか俺には選択肢は残されていなかった。
******
「仲川ちゃーん」
普段呼んだことのない“ちゃん”付けで山田が俺のデスクに近付いてくる。
「……何だよ」
「何だよじゃねーの。水くさいな!」
もちろん、話題は沙知と付き合い始めたことだろう。
「あー、言わなかったのは悪かったけどタイミング逃したんだよ」
「そうかぁ?あわよくばずっと内緒にしておこうとしてたんじゃねーの?」
「ま、バレなきゃそれでもいいかとは思ってたけど」
「ほらな」
「いいだろ別に。お前と佐々木しか知らないんだし」
社内ではまだふたりだけ、というところを強調すると山田は人懐っこそうな笑顔をほころばせる。
「そりゃ光栄だ。んで、俺が佐々木の用心棒すりゃイイんだな?」
「あぁ。……頼む」
「了解。ってかさ、いつからだよ?」
「ん?二ヶ月くらい前、から」
「ふーん。ま、その話は改めてじっくり聞かせてくれ」
「ヤだね」
何が嬉しくて馴れ初めを同僚に語らなければならないというのだろう。
「まぁまぁ、そう言うなって。今日一つ“貸し”ができるんだし」
「ふん」
「一次会、くれぐれも彼女の近くに座るなよ?」
「……あ?」
何で?と聞き返しそうになるのを、すぐに理由が思い浮かんで口をつぐむ。
「すぐそばに居るのに全くの無関係を装うとかさぁー、そんな器用なことお前できんの?」
「…………無理」
「だろ?」
さすが同期だけのことはある。
伊達に付き合いも長くない。
「それに、どっちかと言うとお前ら仲が良いと周りに思われてないだろ」
「……あぁ」
今は意識的にだけれど、以前は無意識のうちに俺の方が避けられていたのは間違いない。
「ま、客観的に見たらあのライバル相手じゃ身長くらいしか勝てるとこなさそうだけど」
「おい」
自ら気付いていたか、それとも佐々木から石坂について情報を伝えられたのかは分からないが、
彼の名前を出すことなく山田は俺との比較を口にする。
条件だけなら俺が圧倒的に不利なことくらい百も承知だけれど、だからって最初から勝負を諦める訳にはいかない。
「いやいや、俺はお前の味方だから」
「……おぅ」
「同期に久しぶりに訪れた春だからな。んじゃ!」
「あ」
言いたいことだけ俺に伝えて、山田はその場を立ち去っていく。
「はぁ……」
単なる飲み会が、こんな状況下で行われることになるとは想像すらしていなかったから、不安すら覚えてくるけれど
強力な味方が居れば何とかなりそうな、そんな気もする。
「……何も起こるなよ」
そう呟いた小さな独り言は、むしろ祈りのように聞こえてきて、俺はひとり苦笑するしかなかった。
→(3)に続く
それぞれ色んな思いを抱えている……という感じが出ていると嬉しいです。
ふたりきりのシーンは、なるべく重複しないように進めていく予定です!
昼休憩もあと10分で終わるという頃、既にデスクについている俺にひとりの女子社員が足早に近付いてきた。
「ちょっと、いい?」
俺のデスクに片手を置いて、小さな声で語りかけるのは、沙知が社内で最も親しい間柄の佐々木だ。
「あ?」
「さっちゃんから、聞いたから」
「……そうか」
何を?なんて聞き返すほど俺も野暮じゃない。
「可愛い後輩を泣かしたらタダじゃ済まないからね?」
「分かってるよ」
お前にそんなこと言われなくたって。
というセリフは、心の内だけに留めておく。
年下なのに、入社で言うと一年先輩に当たってしまう彼女は……実はほんの少し、苦手だ。
「それ、で?」
まさかその一言を伝えるためだけにここに来た訳じゃないよな?
「あー、ここじゃなんだからメールする。早めに確認して」
「分かった」
そんなに複雑な事情でもあるのかと思いながらも、軽く頷く。
と同時に、数名の男性社員が雑談をしながら部署に戻ってきた。
「じゃ」
佐々木は一言だけ言い残して、その人波に紛れるように俺のデスクから離れていく。
その後ろ姿を見送りながら、やはり前々から予想していた通り、彼女が社内で俺たちのことを知る第一号になってしまったかと心の中で呟く。
とりあえず、応援してくれているらしいから……沙知にとっては心強い味方になってくれるのだろうけど、
俺個人としては、借りばかり作ってしまうのではないかと不安を感じているのもまた事実だ。
それから数分も経たず、佐々木からのメールが届く。
社内用のメールを私用で使うのは厳密に言うと禁止だが、彼女とはプライベートの連絡先を交換していないのだからやむを得ない。
メッセージには、今夜の飲み会の帰りについて書かれてあった。
“ふたりで帰るための案”という文言にドキッとして、そう言えば帰りのことについて何も考えていなかったと気付かされる。
一次会で帰る人間と一緒になったとしたら、まず俺ではない誰かが沙知を送っていくことになるだろうし、それを遮って「俺が送る」と名乗り出るのはかなり不自然だ。
佐々木の提案は二次会は多分カラオケになるだろうから、それぞれ別のタイミングで店を出て、待ち合わせ場所で落ち合うというものだった。
俺はひとりで、彼女は沙知を連れて、待ち合わせ場所まで来てくれるらしい。
ざっと読んだ限りでは即興の案の割にはなかなか良くできている。
……しかし。
「ちょっ、と……待てよ」
沙知を連れて来た後カラオケ店まで佐々木ひとりを帰すのは、問題じゃないか?
「その案で良いけど、夜ひとりで店に戻るのはダメだろ」
前置きも何も無しにそれだけ送ったメールは、1分もせずに返信が届く。
「じゃ、山田くんと一緒に戻るから連れてきて。話は私からする」
――マジかよ
しかし、もう一人誰か別の社員に関係を打ち明けるとするならば、もう彼しか思い付かない。
「了解。よろしく頼む」
結局、そう返信するしか俺には選択肢は残されていなかった。
******
「仲川ちゃーん」
普段呼んだことのない“ちゃん”付けで山田が俺のデスクに近付いてくる。
「……何だよ」
「何だよじゃねーの。水くさいな!」
もちろん、話題は沙知と付き合い始めたことだろう。
「あー、言わなかったのは悪かったけどタイミング逃したんだよ」
「そうかぁ?あわよくばずっと内緒にしておこうとしてたんじゃねーの?」
「ま、バレなきゃそれでもいいかとは思ってたけど」
「ほらな」
「いいだろ別に。お前と佐々木しか知らないんだし」
社内ではまだふたりだけ、というところを強調すると山田は人懐っこそうな笑顔をほころばせる。
「そりゃ光栄だ。んで、俺が佐々木の用心棒すりゃイイんだな?」
「あぁ。……頼む」
「了解。ってかさ、いつからだよ?」
「ん?二ヶ月くらい前、から」
「ふーん。ま、その話は改めてじっくり聞かせてくれ」
「ヤだね」
何が嬉しくて馴れ初めを同僚に語らなければならないというのだろう。
「まぁまぁ、そう言うなって。今日一つ“貸し”ができるんだし」
「ふん」
「一次会、くれぐれも彼女の近くに座るなよ?」
「……あ?」
何で?と聞き返しそうになるのを、すぐに理由が思い浮かんで口をつぐむ。
「すぐそばに居るのに全くの無関係を装うとかさぁー、そんな器用なことお前できんの?」
「…………無理」
「だろ?」
さすが同期だけのことはある。
伊達に付き合いも長くない。
「それに、どっちかと言うとお前ら仲が良いと周りに思われてないだろ」
「……あぁ」
今は意識的にだけれど、以前は無意識のうちに俺の方が避けられていたのは間違いない。
「ま、客観的に見たらあのライバル相手じゃ身長くらいしか勝てるとこなさそうだけど」
「おい」
自ら気付いていたか、それとも佐々木から石坂について情報を伝えられたのかは分からないが、
彼の名前を出すことなく山田は俺との比較を口にする。
条件だけなら俺が圧倒的に不利なことくらい百も承知だけれど、だからって最初から勝負を諦める訳にはいかない。
「いやいや、俺はお前の味方だから」
「……おぅ」
「同期に久しぶりに訪れた春だからな。んじゃ!」
「あ」
言いたいことだけ俺に伝えて、山田はその場を立ち去っていく。
「はぁ……」
単なる飲み会が、こんな状況下で行われることになるとは想像すらしていなかったから、不安すら覚えてくるけれど
強力な味方が居れば何とかなりそうな、そんな気もする。
「……何も起こるなよ」
そう呟いた小さな独り言は、むしろ祈りのように聞こえてきて、俺はひとり苦笑するしかなかった。
→(3)に続く
それぞれ色んな思いを抱えている……という感じが出ていると嬉しいです。
ふたりきりのシーンは、なるべく重複しないように進めていく予定です!
2014-11-30 23:58
comment
プロフィール
性 別 | 女性 |
職 業 | 主婦 |