「ちょっと!石ちゃん!」
「あ?」
「何で私の席がココなの?」
よりによって、恐らく今回の飲み会の主役であろう石ちゃんの隣だなんて。
少し離れたところにいる主任とさっきからちらちらと視線が合って
――ものすごく、痛いんだけど。
「んー?ダメだった?」
「いや、まぁ、……ダメって訳じゃ、」
「ねぇ石坂くん?」
「はいっ?」
返答に困っていた私に、石ちゃんとは反対側の隣に座ってくれた佐々木先輩が助け舟を出してくれる。
「この子、ちゃんと彼氏いるから誘惑しないでね?」
「やだなぁ佐々木さん。そういう訳じゃないですって。ただ久しぶりにちょっと話してみたいなーって」
「なら、いいけど。ねぇ、石坂くんは彼女いないの?」
「今はいません」
「ふぅん」
今は、という言葉に力を込めて
石ちゃんは佐々木先輩に返事をする。
先輩は私の脇腹をチョン、と突いて「ほらね?」と小声で話しかける。
でも、今朝私に彼氏がいると確認してきたのは石ちゃんの方だ。
あわよくば、なんて。
そんなことを彼が思っているとは……
考えたく、ない。
「揃ったかぁー?」
「はーい!」
「こっちはいいぞー」
幹事の山田主任の声がして。
平均年齢が30歳以下のメンバーによる、飲み会が始まった。
「彼氏から、許可下りたんだな」
「まぁね」
小声で、石ちゃんが話しかけてくる。
結局主任にはメールで『今夜は参加します』と一言送っただけで
その返事も『分かった』の一言だった。
同席できて嬉しいと思ってるなんて、ムシの良いことは考えていないけれど。
全く嫌がっている素振りも感じられないから……
今夜、みんなで楽しく飲むだけならきっと問題ないのだろう。……多分。
「来ないかと思ってたよ、今日」
「えっ?」
「だって吉田ってあんまり付き合い良くなかったじゃん?」
「……うん、ごめん」
過去のことを持ち出されると、もう謝罪の言葉しか出てこない。
「そんなことより、期待されてるみたいね?」
プライベートなことにこれ以上突っ込まれないように、
こちらから仕事の話を振ってみる。
「期待?んなことないよ、たまたま人がいなかっただけだって」
「そぉ?」
運が良かっただけ、と彼は言いたいのかもしれないけれど。
“運も実力のうち”という言葉があながち間違いではないことくらい
社会人なら誰もが知るところだ。
「他の同期と会うことあるの?」
「んー?いや、川本くらいかな…」
「そっか」
川本くんは、配属が石ちゃんと同じだから当然と言えば当然だ。
「やっぱ同じ建物に居ないと、会う機会ってほとんどないよな」
「……うん」
「けど良かったよ。吉田が俺のこと覚えててくれて」
「ふふ。そんな忘れたりはしないでしょ」
そりゃ5年以上接触がなかったら忘れているところだろうけど……
「次、何か飲む?」
「え?あぁ……んじゃ、梅酒のソーダ割」
「オッケー」
おかわりを促されて、つい、誘いに乗ってしまったけど。
ひょっとして、マズかったかな?
慌てて主任の姿を探してみるけれど、
今は宴会部長の山田主任につかまっているようで、
どうやらあちらはあちらで忙しいらしい。
「吉田、そっちの余ってるやつ食っていい?」
「ん?あ、どうぞどうぞ」
「サンキュー」
出汁巻き卵の乗った皿ごと、彼に手渡すと
爽やかな笑顔を返してくれる。
……へぇ。
こんな顔、するんだ。
一瞬。
本当に一瞬だけドキっとしてしまった自分に驚いて、
直後、激しい罪悪感におそわれる。
――私。何やってんだろ。
一刻も早くこの場から抜け出したい。
こんな、会社の人間とわいわいする時間があるなら
主任と……博史さんと、二人だけの時間を共有していたいのに。
「ごめん、ちょっとお手洗い」
鞄を掴んで、慌ててお手洗いに駆け込んだ後、
急いで携帯電話を取り出し、発信履歴から主任の番号を呼び出す。
――ダメだ、ここはマズい。
トイレに出入りする社内の人間に、私たちの会話は聞かれたくない。
そう思い直して、携帯を手にしたまま店の外へと飛び出した。
「出てくれるかな……」
騒いでいる会場で、博史さんが電話の着信音に気付いてくれるかどうかは
賭けのようなものでもあったけど、それでも一度掛けずにはいられない。
私は、耳の奥で響くコール音を無意識に数えていた。
「あっ!!」
思わず声が出てしまったのは、着信音が途切れた直後、
通話を終了するツー、ツー、という無機質な音が聞こえてきたから。
「もう!」
――どうして切るのよ!!
私は今、この瞬間に話したくて掛けたのに。
そんな対応しなくてもいいじゃない!!
呆然と待ち受け画面に戻った液晶を見つめて、思わず溜息を零す。
今の対応では……とてもじゃないけどもう一度かけてみようなんて気は起こらない。
諦めて鞄にしまおうとしたその瞬間、まだ名残惜しげに手にしていた携帯が着信音と共に震える。
液晶には「仲川博史」の文字と携帯番号がハッキリと表示されて
何が起きているのか、理解するのに数秒の時間がかかってしまった。
――掛け直して、くれたんだ!
――しかも、電話しても差し支えない場所に移動して
「もっ、もしもし!」
『どこにいる?』
「あ……外、です」
『はぁ?何かあった?』
「そうじゃない。ですけど」
『ん?……体調悪いのか?』
「あ、ううん。違うんです。えっと、そうじゃなくて……」
いざ、会話をし始めるとどうして電話をしたのか
その理由が自分でも分からなくなる。
“主任の近くの席で飲んでもいいですか?”
違う、そうじゃない。
“二次会はどうするんですか?”
違う違う。
そうではなくて。
ここまできたら、
本当に言いたいことは伝えなくては。
「あの、今日……、このあと」
『んー?』
会社の人の手前、色々不都合があるのは、分かっているから。
近くで飲めなくてもいい。
会話なんか、しなくてもいい。
それでも、このまま一度も接触のない状態で、
それぞれの家路につくことだけは、耐えられない。
「一緒に、帰ってもらえますか?」
『あ?当然だろ。家まで送るから勝手に帰んなよ』
「……え?」
まさか、そんなことを思ってくれていたなんて。
明らかに想定の範囲を飛び越える答えに言葉も動作も止まってしまう。
『いや。まぁ……うまく行けばの話だけどな。少なくとも、アイツに送ってもらうのは認めねぇから』
「あ…………ハイ」
アイツって。
石ちゃんのことだよね。
やっぱり、気にしてくれてたんだ……。
『もう、戻れよ』
「はい」
どんな方法を取れば、誰にも怪しまれず一緒に帰れるのか今はまだ分からないけれど、
それでもさっき主任のくれた言葉一つで心がすうっと晴れてくる。
佐々木先輩には“もっとイイ男いるでしょ”って言われたけど。
やっぱり、この人のことが好きなんだと改めて思う。
「あっ、」
『どうした?』
佐々木先輩、で思い出したことが……
「あの、佐々木先輩に私たちのこと喋っちゃいました」
『あぁ。本人から聞いた』
「へっ?」
『“可愛い後輩を大事にしないとタダじゃおかないから”だ、そうだ』
「んふふ」
『その話は後でな。いつまでも外にいたら危ないだろ』
「はぁーい」
自分でも単純だなとは思うけど、楽しみが待っていると思うと
飲み会の席で主任の側にいられなくても
一言も言葉を交わすことができなくても
きっと寂しくない。そんな気がした。
会場に戻った時には、最初座っていた場所に石ちゃんはいなくて
別に悪いことをしてきた訳でもないけれど、少しホッとしてしまう。
だって、彼から感じる視線が……どことなく熱を帯びているような気がするのは
佐々木先輩からの言葉を聞いていた私の自意識過剰のせいではないと……薄々、感じ取っているから。
――このまま、何も起きませんように。
今願うことは、その一点だけだ。
******
「吉田、二次会は?」
そろそろ飲み会も終盤かな、という雰囲気が出始めた頃、
再び私の席の近くに戻ってきた石ちゃんが、今度は真向かいから私に質問を浴びせる。
「あ、えーっと……」
しまった。
主任とその件について相談するのを忘れていた。
二次会に主任も参加なら、私も一緒についていかないと
“勝手に帰るなよ”
と言われたことに背いてしまう。
「みんな、行くのかな?」
「あぁーどうだろ?多少人数は減ると思うけど」
「そうだよね……」
当たり障りのない会話に、完全に聞き方を失敗したことを痛感して、そっと心の中でため息を吐く。
さすがに今ここで主任の名前を出す訳にはいかないし。
――参ったなぁ……
「あ、ちなみに若い奴らだけだし、カラオケに行くって」
「カラオケ?なら、帰る」
「え」
私が心の中で「石ちゃんありがとう!」と叫んでいるなんて
彼は微塵も思っていないだろう。
主任……博史さんは、実はカラオケが苦手なのだ。
だからその一言で、主任の不参加が決定付けられたと言ってもイイ。
「なんで?カラオケ苦手だっけ?」
「ごめん、カラオケ行くのはタバコ吸わない人限定で、4人以下って決めてるの」
「何だそりゃ」
適当にごまかした訳ではなくて、
これはれっきとした、持論。
「カラオケは嫌いじゃないけど、大人数で行くのは苦手だから。しかもタバコ吸う人が同じ部屋にいるのはちょっとね…」
「マジでぇー?」
「うん。ごめん」
「ちょっ、佐々木さん!吉田がカラオケ行かないって言ってますけど!」
「ダメ。さっちゃんは参加ね」
「へっ?」
一番の協力者であるはずの先輩からそんな言葉が返ってくるとは思わずに、まじまじと先輩の顔を見つめてしまう。
「いいからっ!私に任せといて」
「はぁ……」
佐々木先輩は、私だけに聞こえるような小声でそう言ったあと、ポンポンと心臓の辺りを手のひらで叩く。
「じゃあ……そういうことなら、参加で」
「マジで?いいの?」
良いも悪いも、ここはもう先輩を信じるしか道はない。
「……うん」
「オッケ!」
テンションが上がった状態で、石ちゃんは勢いよく席をたつ。
「じゃ、また後で!」
呆然と石ちゃんの背中を見送っていると、佐々木先輩がツンツンと私をひじで押す。
「うまくやってあげるから、石坂くん、気をつけなさいよ?」
「え?」
「カラオケだったら、途中退席しても気付かれにくいでしょ?一次会終わったタイミングで一緒に帰るよりも」
「あ……」
なるほど。
だからわざと参加に……。
「ちょっと離れたところで待ち合わせの段取りつけてるから」
「へっ?」
もう、そんなところまで話が進んでいるの?
「その代わりと言っては何だけど……山田主任にも、伝わってるから」
「あ、それは問題ないです」
「私より酷かったよ?あの反応は」
ふふっ、と先輩は思い出し笑いをするけれど、
そんな言い方をされてしまうと、反応の中身が気になって仕方なくなってくる。
「あの、その反応って……どんな…」
この先を聞きたいような。
聞きたくないような。
「あー、大丈夫よ!!けなされてたのはアイツの方だからね」
「はは……」
気心知れている同士だから、容赦ないんだろうな……。
「早めに一曲歌いなさいよ?」
「あ……はい」
まだ、不安が拭い去れた訳ではないけれど
楽しそうに笑う先輩を見ていると、このまま何も起きることなくうまくいってくれるような、そんな気がした。
******
(3)に続く。
長くてごめんなさい〜!!
なるべく早く続きをお届けできるように頑張りますね。
もう少し……糖度を上げたいです、ハイ。
いよみゆりさん>
んふふ〜コメントありがとうです♪
佐々木先輩は良い仕事してくれるお姉様なのです。
二次会の後の主任の動向が気になる私であります(〃'▽'〃)
楽しみ!
そして、アッキー君お大事に<(_ _)>
佐々木先輩ナイス過ぎてすてき!
つか主任、やっぱりいい!
二次会も引き続き楽しみにしてるね^^