【ふるねじ】突発小話@風邪引きネタ


※ラスト〜楽しかった!!^^
















 日が傾いて来た。時計を見やると針同士が丁度真逆を指している。そんな事をぼんやりと考えながら渡辺さんが持って来てくれていた飲み物を口にしたところで、部屋のインターホンが鳴り響いた。

「俺が出よう」
「あ、すいません……」

 何から何まで申し訳ない。部屋の掃除に料理にお客様の相手まで。こうして世話を焼いてもらうとやっぱり、平君と似てるなぁって思ってしまう。平君の方がまぁ、確かに口は悪いし暴言ばっかりだし舌打ちばっかりだけど、なんだかんだでちゃんと手伝ってくれるしなぁ、部屋の掃除とか。
 部屋の掃除の最中にとんでくる罵詈雑言を思い出しながら笑ってしまった。口で言いながら手伝ってくれるから、平君を優しいと僕はやっぱり思うんだろう。

「にやけてんじゃねーよ」
「……幻聴かと思った……」

 脳内で再生されていたその声が、まさに聞こえてきたものだから僕は驚いてそう呟く。玄関とリビングの境目のその場所で仁王立ちしている平君は渋い顔に眉間の皺は三割り増しで其処に居た。

「熱は」
「だ、大分下がりました……」
「飯は……食ったな」
「はい……」

 え、何この居心地の悪さ。僕の目の前にある空になっている容器を見て平君は盛大に肩の力を抜いて溜息を吐き出した。

「ブチさん、お加減はどうですか?」
「香月さん! 香月さんも来てくれたんですか?」

 平君の後ろから顔を出したのは香月さん。

「大分良くなりました。すいません、今日……」
「良いんです。皆元さん達が手伝ってくださったお陰で、今日の遅れはありませんでしたので」

 慌てて立ち上がって歩み寄ると香月さんは片手に持っていた買い物袋を僕に手渡してきた。

「すいません、どれがいいのか良く解らなくて……。体調がよくなっているのなら、必要なかったですね」

 眉根を寄せるように笑った香月さん。袋の中身を見ると、スポーツ飲料や所謂バランス栄養食、ゼリーや熱さましのシートだった。

「いえ、ありがとうございます。迷惑掛けちゃって……。これはありがたく貰っておきます」
「そうですか?」

 言って頷くと、香月さんは表情を和らげて笑ってくれた。

「あ、ほんまや、元気そうやねぇ」
「み、皆元さん!?」

 香月さんの更に後ろから顔を出したのは皆元さんだった。帽子を取りながらにっこりと笑っている。

「あ、え!? す、すいませんわざわざ!」
「ええよええよ。具合どお?」
「渡辺さんの看病のお陰で大分良く……部屋まで掃除してもらっちゃって……」

 まさか皆元さんまで来るなんて……。親しみ易い人ではあるけれど上の人だし、本来なら僕みたいなのが早々お話できる相手ではないはずなんだ。まぁ……ちょくちょく居なくなったりしてるけど……平君の苛立ちがそのお陰で募ったりしてるんだけど……。優しい人だと思う気持ちは、変わらない。

「掃除て……渡辺君そんな押しかけ女房みたいな事したん?」
「看病も同じようなものでは……? 皆元さんが言い出した事ですし……」

 振り返り後ろに控えていた渡辺さんに皆元さんがそう問いかける。その言葉に香月さんがこそりと呟いた。まぁ、でも僕は有り難かったけどね?
 人が増えて部屋の中が騒がしくなってきた。一人で寝込んでいたときよりずっと暖かい気持ちになる。
 僕はそっと部屋の置き時計の隣にある写真立てを見やった。僕と、彼女達が写った写真。光の色に輝く季節をそのまま写し出した、暖かくて優しい思い出の写真だ。

「……おいブチ!」
「へ!? 何!?」

 一人ソファで勝手に寛いでいる平君が僕を呼ぶ。慌てて振り返ると平君は寝室を指差しながら口を開いた。

「鳴ってんぞ、ケータイ」
「え?」

 そう言えば、なんか鳴ってる。っていうか、この着信音……!!
 慌てて転びそうになりながら寝室へ駆け込んで、制服のポケットに放りっぱなしだった携帯電話を引っ張り出した。ディスプレイの表示が思ったとおり、【非通知】だ。

「も、もしもし!?」
『あ、燈羽? いま大丈夫? 仕事中かな?』
「う、ううん! 大丈夫!」

 優しい声。心細い時に聞きたくなる、愛しい子の声だ。
 鼎の、声だ。

『そう、良かった……でも燈羽、なんか声、へん』
「え? あ、ちょっと風邪引いちゃってて……」
『うそ、大丈夫なの?』
「うん、平気。熱も大分下がったし、食欲もあるし」

 心配する鼎の声が耳に届く。どうしようか、素直に凄い、嬉しい。多分今の僕の顔は相当、ゆるゆるになってるんだろうなぁ。でも良いんだ。幸せだし、いいんだ。
 そう思っていたら僕の手から携帯電話が消えた。

「おい、髪長女」
「ひ、平君!」

 僕の手から携帯を奪ったのは平君だった。何時の間に僕の背後に! っていうか幾ら平君でもこれは許せないよ! 僕から連絡できないから、何時も鼎からの電話待ちなのに!

「ちょ、ちょっと平君、返してよ!」

 取り返そうとする僕を簡単に片手で押し返す平君。体力が低下している僕じゃ勝ち目ないよ。

「おい、お前近々来れねぇのか」
「え……」

 平君の口から紡がれた言葉に僕は驚いてしまった。平君の口から、なんか凄い言葉が聞こえた気がする。

「……あぁ? おめーが何処にいるかなんざ知ったこっちゃねえよ」

 電話口で相変らずの口調で居る平君は眉間に皺を寄せまくりながら少し苛突いた声音で続けた。

「っ、うっせえ! そんなんじゃねーわ!」
「え、うわぁっ! ……人の携帯投げないでよ平君……」
「死るかボケ!!」

 思い切り僕に向かって携帯を投げ返してきた平君は舌打ちをして寝室を出て行く。扉のところでは皆が寝室の様子を伺っていた。

『ちょっと、もしもし!?』
「え、あ、ごめん鼎!」
『燈羽? ……あいつは? 平田』
「平君? 何か怒ってあっち行っちゃった……何話したの?」
『……ううん、別に?』
「……」

 明らか過ぎるほどの誤魔化し方だ。

「鼎」
『……なに?』
「何話してたの?」
『いや……近々そっち来いって……それだけ。聞いてたでしょ?』
「まぁ……で? 来れないの?」
『……時間、出来たらちゃんと行く。その時はちゃんと連絡する』
「……解った」
『……あいつ、』
「ん?」
『あいつ、燈羽の事心配してるんだと思うよ、多分』
「え?」
『だから、私に来いとか言ったんだと思う。燈羽が、少しでも元気になるならって』
「……」
『そうじゃなきゃ、あいつが私を呼ぶ理由なんてないもん』
「……えへへ……」
『嬉しそうにしないでよー! それ、絶対私に対してじゃないじゃん!!』
「やきもちだー」
『っ……そーですよー! ……すごい、羨ましいもん』
「……」
『……ごめんね、側に居られなくて』

 ああ、なんかもうさぁ。
 全身から力が抜けたみたいに、僕は座り込んでベッドに体を預けた。やばい、いますごい幸せ。にやけちゃうの仕方ないよね、これ。

「今さ、平君と香月さんが来てるの」
『香月さんも来てるんだ?』
「うん、後ね、違う部署の人たちも居る。お見舞い来てくれたんだ」
『……そっか』
「すっごい嬉しくってさ、そしたら、ふっと思っちゃったんだよね」
『……なにを?』
「――ここに、鼎が居たらもっともっと幸せなんだろうなぁって」
『……』
「電話くれてすごい嬉しかった。声、すごい聞きたかったから」
『燈羽……』
「そう思ったときに電話掛けてきてくれたから、ちょっとの声の変化に気付いてくれたから、――この世界のどっかで繋がってるって、解ったから、僕、今すごい幸せだよ」
『……』
「ありがとうね、鼎」

 愛しい電話越しの彼女は多分、僕の知らない何処かで顔を赤くしているんだろう。知り合いに顔の紅さを問われても、大丈夫とか、何でもないとか、強気な事を言うんだろう。離れてても、解るんだ。君の事は、なんでも。

『……燈羽』
「なに?」
『時間、作るね』
「え?」
『あ、会いに、行くね……?』
「――うん、待ってる。その時はちゃんと治しとくよ、風邪」
『うん、そうして』

 優しい声、愛しいと思う子の声だ。
 それからニ、三の会話を交わして通話は終わった。僕はベッドに身体を預けたまま、携帯電話を握り締めて幸せに浸る。けど。

「風邪ぶり返すぞ」
「……はーい」

 渡辺さんの一言に小さく噴出してから立ち上がった。リビングへ戻れば平君はやっぱりソファでふんぞり返ってて、その隣には香月さんが座り込んでいて、皆元さんは台所で渡辺さんが作ってくれた粥が入った鍋の蓋を開けている。
 心配してくれる人が居るって、幸せだなぁ。ふとにやける自分の顔に気付くがもういいか。今日は別に。今は仕事の時間じゃないし、此処は僕の部屋だし。そんなしまりの無い僕の顔を見て渡辺さんが不思議そうな顔をしていた。

「ありがとうございました、渡辺さん」
「? いや……」

 熱が引いて居たら、明日にはちゃんと出勤しよう。大丈夫、頑張れる。
 僕の周りには、優しい人が沢山居るから。
 こんなに幸せな事は無いだろうから。



 了



次の日平君は風邪引くんだろ???知ってた!!!!!!!1
香月さんでもいいのよ…どっちにしてもブチは空気呼んでお見舞い行かないから……(笑)