その場所は、掘るといっそう湿った土の匂いがした。
土を掬うシャベルのふちは不思議と泥を寄せることなくメノウのように滑らかで、月明かりに照らされるとまるで濡れているのかと見紛ってしまう。最後に見た彼女の瞳もずっと濡れていた。つるりとした黒い瞳に写る僕がぼやけて見えて、球面に合わせて変形した僕の顔を彼女は怖がっていたのだろうか?人の頭が入るほどまで穴が拡がった。また一台、車のライトが僕の影をスライドさせながら通り過ぎる。この辺りは宇宙がよく見える。ひっそりと、手の届かない暗闇を求めて、ここには人間が集まるのだった。そのまま、暗闇に救いを求めて帰らない人間もいるらしいと、誰かが甲高い声で言っていたのを思い出した。
腕が二本入るほどまで穴が拡がった。掘り出した土はふわりと軽く積もり周囲に匂いをまき散らせながら僕の居場所を教えている。動物たちはもう気付いている。また一台、車が遠くで通り過ぎ、ライトに照らされた森の中で一瞬だけ木の上の眼と眼が合った。内側から緑色に光るその眼は、僕を心配するように、ホウと鳴いた。人間よりよほど、彼らの方が優しいじゃないか。きっと僕がここで死んだら、残らず彼らが僕を食べてくれるだろう。そして、彼らが生きている間は、僕のことをその身体に記憶してくれるだろう。
肋骨と股関節が入るほどまで穴が拡がった。普段使わない筋肉は早くも強張りシャベルを汗でぬめらせる。深くなる穴の中で上着を一枚脱ぐと、籠っていた熱気が逃げるように森の中へ溶けていった。長い足でもすっぽりと入るほどまで穴が拡がった。地獄まで繋がるほど仄暗い穴が拡がった。僕は彼女にさよならを言って、土をかけながら、また会おうねと約束した。
きっと来世では、しあわせにしてあげる。