この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。
ログイン |
twitter:@nxxnxx__
重力のある星に住む私たち全人類からすれば宇宙空間に存在するものを理解することは到底不可能であろうし、第一に「浮遊」という感覚を知ることは微塵もないだろう。Macintoshの初期設定のままの壁紙をぼんやりと見つめながらそう思う。二次元の宇宙空間に思いを馳せることは究極に意味のない時間の使い方のように思えて自嘲気味に笑いながら、それでも銀河系の中に潜り込んでゆく妄想をせずにはいられなかった。ここが宇宙なら重力にさえ縛られずにどこまでも飛びながら生きてゆけるのに。僕を縛る人間や時間やタスクの煩わしさは僕に一瞬の隙を与えた。今日の九時から重役と会議、通勤途中で急遽上司から頼まれている書類を作りながら駅前のコンビニで昼飯を買う。十時半には向こうの会社を出て支店に顔を出さなければならない、深夜留守電に入っていた母の声を思い出す。「たまには連絡くらい入れなさい、生きてるの?ーーーー」二週間前から彼女は家を出てしまっている。いつもは甲高い声の彼女から漏れた最後の言葉は低く響いていた。なんて言っていたっけ……「あなた」「私のこと」「愛していないんなら」「早く私を」「解放してよ」今月はまだ休みをもらっていない。僕は玄関を出る前に縛っておいた雑誌の束からロープを解いて、ドアノブに首を括り付けた。次に目を覚ましたのは漂白された病室だった。会社の人間が、今日の会議についてメールが届いていないのを不審に思い僕を訪ねたらしい。僕はまた彼らによって地獄へ引きずり堕ろされてしまったようだ。僕の左腕は麻痺してしまっていたけれど、利き腕は右腕だったからナイフを身体に突き立てることは容易だった。僕はそれでも死ななかった。ナイフの代わりに、ボールペンを使ったからだった。親父に殴られて、母親はうっ血するほど泣き、実家に帰っていた彼女はごめんねと繰り返しながら僕を優しく抱いた。全てが僕をきつくきつく縛り上げた。逃げられない。
乾いた愛の音を聞いている。
蒸気した頬に籠る音楽に溶ける。左肩を撫でる水面、右耳を犯す水音、膝を折り曲げ不自然に首を曲げながら左手は外の音楽に合わせて水面を叩いている。私を閉じ込める蓋が青く透けて酸欠状態の私に優しく映る、手を伸ばしたら水滴が指を伝って肘で溶けた。晴天から注ぐ雨のようで神様の私は酷く楽しい。浴槽の中には私の掠れた歌声だけが生きている。瞬きの音までが響く。お気に入りのアルバムを一周歌ってから浴槽の蓋を開ける。酸素の踊り食いをしているように苦しくなってしまう、いつものことだ。酸欠よりも苦しいなんて、外の世界にはどれだけの不純物が蔓延しているのか恐ろしい。冷えきったタイル張りの浴室に流す温度は一瞬で私の視界を曇らせてしまった。
彼女の細い指に似合うだろうピンクゴールドを温めながら横浜駅で彼女を待つ19:54。日曜に仕事のある僕に合わせて20:00にいつもの場所で待ち合わせた。間抜けな着信音と共に[もうすぐ着くよ]の文字、改札の向こうに見えた彼女は一足遅れて僕を見つけたようで、いつものきらめくような笑顔を見せてからIC乗車券をかざし、料金不足で構内に引き止められてから、ばつの悪そうな顔をして、清算を終わらせ小走りで僕の中に入ってきた。さむいね。うん、さむい。自然と手を絡ませ駅を後にする。僕と彼女の歩幅は全く違うけれど、呼吸の拍子はほとんど同じだった。白い息が生まれるたび二人の間で混ざっていたからだった。
赤みが引かない。
都会に長く住みすぎたせいか、私はいつしか虫を嫌悪するようになってしまった。