「廃」

静かな、雲のない真っ青で高い空。そして冬に近い秋の海。砂浜には車椅子姿の男。その傍らには女性と白人男性が付き添って居る。

女性「もう何も恐れる事も怯える事もないわね?」

女性はその車椅子の男に話し掛けるが男は表情はなくただ虚ろな眼で海を眺めてる。

白人男性「本当に申し訳ない。彼に車さえ貸さなければこんな事に…。」

女性「あなたのせいではないわ」

白人男性「奥さんにも大変…。」

女性「だからあなたのせいじゃないったら…。自分をそんなに責めないで…。」

白人男性「可愛いお子さんを亡くされたアナタの心情を察すると私には自分を責めるしか出来ません。」

女性「ねぇ?彼は本当にこのままなんでしょうか?いずれ身体は回復するでしょうけど彼の心は…。」

白人男性「私は精神科医ですが彼の昔からの友人です。出来るだけの事はしたい。でも正気を取り戻してお母さんと娘さんを亡くした事実を思い出したりでもすれば…。」

女性「もしその時が来たら嘘を付き通すしかないわ。彼の才能をその悲しみで再び失う訳には行きません。彼の才能は私にはかけがえもない宝物。彼は私に命とチャンスを与えてくれたんですもの。」

白人男性「一つ方法があります。でも大きなリスクがアナタにも彼にも伴うかも知れません。試して見ますか?」

女性「ええ、どんな事でも…。」

白人男性「彼の頭の中に仮想現実世界を埋め込み、徐々に現実の世界に引き戻して行きましょう。アナタもお子さんを亡くされて辛いでしょうが協力して下さい。」

女性は泣き崩れながら車椅子の男を後ろから抱きしめるが男は依然無表情で遠くを見つめるだけだった。