モノの20〜30分で白久磨町に着き、駅の改札を抜けると古民家が軒を連ねた懐かしい景色が眼に飛び込んで来た。そして真っ赤な夕焼けがそれらを染めて何処か懐古主義的な映画のセットの様に見えて嘘臭い。いやこれは嘘だ。過去の記憶のこの街を忌み嫌って俺を棄てた母親の様に俺はこの街を記憶の中から廃棄していた。

夕焼けを見ながらそんな母親を思い出すと涙が止まらず、端から見たらいい歳した代の大人が随分滑稽に見えたに違いない。周りの人目を気にしながら涙を拭いて、俺はこの街の中に足を踏み入れる事を決意した。

暫く歩いていると壁一面青く塗られた木造の一軒が眼に止まった。看板らしき物が出ていない。目立つこの青い壁が看板だと言うのか?これが今時の言うお洒落だと言うのか?一体何の店なのか?いや店なのかどうかも分からない。そんな事を呟きながらこの怪しい建物の入り口を見つけた。そのドアの小さな窓を覗くとカウンターとテーブルが見える。そして聞き覚えのあるジャズの名曲、スターダストがサックスの音色で生々しく聞こえ始めた。その演奏している姿が見えないまま、暫く聞き惚れて、店のドアを押す事すら忘れている。そして遠い記憶、学生時代にプラスバンド部でサックスを吹いていた自分の姿を思い出して何だか懐かしくなった。